石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第三節 風教作振

同時に妙順といふ者あり。金澤の人小兵衞の姊なりしが、三歳にして母を喪ひ、叔母に養はれたるを以て、遂に之を呼びて母といへり。小兵衞幼より羸弱にして勞役に堪へざりしかば、妙順は乃ち笠を賃作し、以て叔母と弟とを養へり。寛政二年叔母齡九十に達し、例によりて養老俸一人口を賜はりしが、その時妙順は已に六十九歳なりしを以て、老衰して賃作すること能はず。乃ち薙髮して尼となり、食を城下に乞へり。人之に物を與ふれば輙ち曰く、之を老母に饋らば大に悦ばんと。人妙順が言を飾るにあらざるかを疑ひ、窃かにその家を窺へば、妙順叔母の膝下に跪き、乞ひ得たる所のものを羅列して歡を取れり。寛政十年は妙順に錢二千を與へて之を賞せしが、明年妙順の死するに及び亦一萬錢を追賜せり。