石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第三節 風教作振

孝子又右衞門は寛政八年を以て旌せらる、又右衞門は金澤の人にして家貧しく、傭丁となりて衣食せり。幼より至孝なりしが、父の歿したる後專ら母に事へて敬愛を盡くしたりき。又右衞門家に歸るときは、未だ足を濯ふに及ばずして母の安を問ひ、母の外に出づるときは必ず左右に隨へり。親族或はその勞を察して婦を納るゝを勸むるものあれば、則ち辭して曰く、母猶強健にして能く家事を治むるは吾が幸福とする所なるが故に、未だ娶るを要せざるなりと。その實は婦の奉承謹まず旨甘給せざるあらんを慮りしなり。故を以て年四十四にして尚室なかりき。事聞し、錢若干を賜はれり。