石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第三節 風教作振

又孫六といふ者ありて、河北郡常徳村なる七兵衞の次子なりしが、資性敦篤にして幼より父母に孝なりき。同郡材木村の人伊兵衞、年老いて子久四郎を擧げたるも、幼冲にして家を繼ぐ能はざるを慮り、孫六の令聞あるを聞き、迎へて贅壻とせり。既にして久四郎漸く長ぜしかば、伊兵衞は久四郎を以て後となし、田産を割きて孫六を別居せしめんと計りしに、孫六は欣然として命を奉じ、寛政六年伊兵衞の歿するに及び、久四郎を立てゝ家を襲がしめき。然るに翌七年夏旱して秋熟せず、久四郎はその家を售りて貢租を償はざるべからざるに至りしかば、孫六は宗家の亡びんとするを嘆き、己の屋を捐てゝ急を救ひ、久四郎と居を共にして義母を敬養せり。事藩吏の聞く所となり、松材二十幹を賜ひて賞せられき。以上與三左衞門・半兵衞・そよ・ちやう・孫六の賞せられしは、皆寛政七年に在り。