石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第三節 風教作振

又節婦豐といふ者あり。金澤の商賈田中屋紋左衞門の妻にして、姑に事へて愛敬を盡くせり。姑癱疾を患へて七箸を取るに堪へざりしかば、豐は之に哺せしむること十年一日の如く、專らその心を慰撫するを努め、且つ日夜勞苦を躬らして家政の艱苦を濟ひ、夫に對しても亦最も恭謹なりき。事の知る所となり、將に表旌せんとせしとき豐偶病みて死せしかば、錢一萬五千を與へて追賞せり。上記傳右衞門以下三四郎・たよ・いち・與助・豐の賞せられしは、皆寛政五年に在り。