石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第三節 風教作振

忠僕八兵衞石川郡鶴來邑の人にして、金澤の商賈庄九郎の奴となりしものなり。庄九郎後に産を失ひ、家を賣りて僦居せしかば、八兵衞は之を慨し、日夜憂勤して興復を念とせり。庄九郎その志を憐み、爲に諭して曰く、汝の忠誠殆ど世に比類を見ざるは我能く之を知れり。然りといへども草木も膏腴の地を得ざれば繁茂すること能はず。汝にして他に良主を求めば、當に大に身を立つべきなり。我が家に留ること久しくして汝の生涯を誤ること勿れと。八兵衞辭謝して曰く、余初め主家に仕へしとき、自ら再び他主に仕へざらんことを誓へり。是を以て幸に舊恩に負くなくして犬馬の齡を終るを得ば、余の望即ち足ると。これより俸を與ふれども受けず。既にして庄九郎の女病むや、八兵衞は之を愛撫看護すること己の所生に於ける如く、その逝くに及びて哀惜の情面に顯れき。是に至りて八兵衞の悃愊至誠、普く衆の傳ふる所となり、寛政三年は米若干苞を賞賜せり。