石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第三節 風教作振

天明五年治脩義商清五郎を褒旌せり。清五郎も亦鹿島郡所口の人にして、岩城氏、家を鹽屋と稱し、豪富を以て遠邇に聞えたりき。兄泰藏學を好み、恩信を以て著れしが、子なかりしを以て清五郎を嗣とせり。清五郎は穆齋と號し、幼より經藝を尚び、賢を敬し師を禮し、信義慈惠にして學ぶ所皆之を日常行事に施せり。曾て海參を漕運して大坂に往きしに、偶その價の升騰するに會したるを以て利する所頗る多かりしが、清五郎則ち郷に歸りし後己の利を割きて悉く海參の販戸に頒ちたりき。是より人益その徳義に懷けり。天明の初、所口の吏令を濱海の諸邑に傳へて、凡そ海參をぐ者は舊來皆清五郎を經由したりといへども、今より以後直接にに販賣せんと欲するものあらば之を許すべしといひしに、販戸皆舊の如くせんことを請ひしかば、清五郎の令名益馳せ、遂に稱して所口の賢人と呼ぶに至れり。之を聞きて清五郎に金子を賜ひ、里胥の班に列せり。