石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第二節 財政逼迫

天明五年に至りては上下益困厄に陷り、質屋營業者すら資銀の缺乏を理由として貸出を停止するに至りしかば、九月は之を以て彼等の義務を盡くさゞるものなりとし、百十人の營業を禁止したるのみならず、擔保物件は之を元の所有者に返還せしめ、之に對する貸金の辨濟は三十ヶ年賦を以て要求すべきことを命じたりき。この月治脩は、財務整理の爲老侯重教に國政の監督を請ふことゝし、同時に令して、從來藩士人より徴したる借知は到底之を廢止するの途なきを以て依然之を繼續すべく、その結果逼迫を來すべき士人に對する救濟策として、一切の借銀は債權者の何人たるを問はず明年以降之を永年賦として償還すべきことゝせり。時人之を徳政と稱す。

 天明五年九月十一日町奉行え達
 町中質屋商賣候者、當夏以來支申立其用不辨、輕き者共甚だ困窮當年にも不限候。毎年時々不辨(便)至極之由相聞え候。元來質屋之儀は、末々輕き者共に運之ため致商賣事に候得者、不指支樣可相心得候處、是迄質商賣方等閑之致方、末々輕き者指支も不厭段不埒至極に付、右商賣方取揚追込可申付候。依而品物之儀者先々持主え相返、來午の年(天明六年)より三十ヶ年賦を以代取立可相渡候。
 右之通申付候に付、此以後質商賣指止候而者末々指支可申候間、相應之者右商賣相願候樣可申付候。尤願候者候ば、相應に子貸渡有之樣可申渡候。
 右に付金澤質屋百拾人不殘追込申渡有之。
〔政鄰記〕
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 天明五年九月十五日御書立
 御家中諸士、近年勝手難澁之儀被聞召候。然處當時一統承知之通、御財用甚御指支、最早御仕送方御手段無之程之期に至り候故、中將重教)樣御勝手御引取御下知被遊候。仍之御運方御詮議之上、御家中御借知返下度被思召候得共、兼而之思召とは致相違、彌増之御逼迫に付難其御沙汰、御心外被思召候。左候得ば取續方可難儀候間、諸借銀等返濟方相對を以永年賦に申談、是以後幾重にも儉約專にいたし取績、惣而質素に相暮可申候。
〔政鄰記〕