石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第一節 大槻騷動

前田重教吉徳の第六子にして、第十世の主なり。寛保元年十月二十三日金澤に生まる。母は藩士木曾氏の女實成院。童名を健次郎といひ、寳暦三年十月十二日兄重靖の嗣たることを許され、十五日諱を利篤と稱し、四年三月江戸に出で、同月十一日將軍家重に謁し襲封の命を受く。この年四月十五日柳營に首服を加へ、正四位下左近衞權少將兼加賀守に叙任し、將軍の偏諱を賜はりて重基と改む。五年十二月十八日左近衞權中將に進み、明和二年十二月十五日更に諱を重教と改め、八年四月廿三日請ひて致仕を許され、封を弟治脩に讓り、同月二十七日肥前守と改め、天明五年九月より治脩の請によりて復藩政を監せしが、六年六月十二日(實は十一日夜半)享年四十六にして金澤に卒す。泰雲院仁山彭壽と諡し、野田山に葬る。

前田重教畫像 侯爵前田利爲氏藏