石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第一節 大槻騷動

前田重凞吉徳の第二子にして第八世の主なり。享保十四年七月二十四日江戸に生まる。母は江戸芝神明の社人鏑木氏の女心鏡院。重凞童名を龜次郎といひ、元文五年十二月二十一日諱を利安と稱す。寛保三年二月十五日初めて將軍吉宗に謁し、十二月二十一日從五位但馬守に叙任す。延享二年五月六日初めて國に就き、三年十二月十日兄宗辰の嗣子となり、四年正月二十六日襲封を命ぜられ、二月四日加賀守と改め、同月十九日將軍家重の偏諱を賜ひて重凞と改め、正四位下左近衞權少將に進む。次いで寛延元年十二月二十一日左近衞權中將となり、寳暦三年四月八日享年二十五歳にして江戸に卒し、十二日發喪、諡して謙徳院緝甫尚古といひ、野田山に歸葬す。

本多政行前田重凞書簡 男爵本多政樹氏藏