石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第四章 加賀藩治停頓期

第一節 大槻騷動

吉徳の診療は醫池田玄眞・林玄潤・南保玄伯・小宮山了意・中村正伯・佐々伯順・小宮山全柳・能勢玄達、横山貴林の侍醫岩脇碩庵、本多政昌の侍醫原田玄格、町醫小林意仙・奧田宗安之に當り、鍼術は久保壽安之を施しゝが、何等の効を奏せざりしを以て、京都より辻法眼祐安といふものを招くに至りしなり。然るに祐安も亦優秀の手腕を有するものにあらず。殊に京都の岡松良英より、『祐安儀、當地に而も人々存知之醫に而は無御座候。當所政所(二條吉忠室)樣には、先年より御出入候由に御座候へ共、拙者いまだ近付にも成不申候。』との通報あるに及びて、彼の與へたる漢文の診斷書と共に人々の嗤笑を招き、落首の好題目となるに止れり。乃ち江戸の大高東元を聘せしに、彼も亦耆婆扁鵲たること能はず、遂に吉徳の卒去を見るに至れり。