石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第六節 社會種々相

幸若の舞は、利常菟裘小松に營みし後に至りても、尚その賞翫する所たりき。されば藤田安勝筆記の微妙公夜話に、利常が毎宵その寢室に入るとき、幸若九左衞門・小四郎の父子は次室の縁側に於いて一曲を奏し退出するを常とせしが、その曲目に就きては、古市孫三郎等夜詰の間に之を利常に問ひ、利常も亦時に自ら之を謠ひしことありと記し、山本基庸の夜話録には、夜詰終り幸若小左衞門も退出したる後寢室に召されたることありといへる小左衞門は九左衞門のことなるべく、毛利詮益の拾纂名言記には、夜詰終りて何れも退出したる後、利常の就寢するまでの間に幸若九左衞門舞曲を奏するを常としたりしが、萬治元年十月十一日例の如く九左衞門がその勤務を了して家に歸りたる後、侯が急に病を發して薨じたることを述べたり。是に因りて觀れば、利常はその一生を通じて幸若の愛好者たりしなり。