石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第五節 浦野事件

是に於いて老臣等相議し、阿部甚右衞門・松崎十右衞門二人を孫右衞門の家に遣はし訊問せしむる所あり。その罪状殆ど明白となりたるを以て、三月二日孫右衞門を本多安房守政長の邸に召喚して、之を伴八矢の家に禁錮するを命じ、又孫右衞門の長子浦野兵庫を横山右近の家に、二男阿岸掃部を前田又勝の家に、三男駒澤金左衞門を永原大學の家に、四男阿岸友之助を永原の家に、弟中村八郎左衞門を村井藤十郎の家に、弟伊久留八丞を西尾與三右衞門の家に、聟宇留地平八を青山將監の家に、聟仁岸權之助を前田主膳の家にし、その他徒黨の輩及び子弟にして長氏配下の家に捕へられたるもの甚だ多かりき。同日夜千田八郎兵衞を能登に下らしめ、翌三日孫右衞門に黨せる十村寺を能登部村に在る算用場に召喚し、高田村の十村二郎兵衞、その子八兵衞、笠師村の十村太左衞門、三階村の十村池島、能登部村の十村上野を田鶴濱の獄に投じ、久江村の十村道閑、その子兵八・六太夫・万兵衞、能登部村の小百姓氷屋を能登部の獄に繋ぎ、十九日に至りて悉く之を金澤に檻送せり。