石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第四節 極盛極治

元祿八年春、高山に屯戍する加賀藩の將卒交代の期に當り、和田小右衞門命ぜられてその任に當らんとせしが、偶幕府は使を金澤に發し、綱紀に命ずるに高山城廢毀すべきを以てしたりき。綱紀乃ち小右衞門の任を止め、大小將組頭奧村市右衞門を以て廢城事務の主管たらしめ、作事奉行近藤三郎左衞門・普請奉行前田清八をして土功を掌らしめ、横目矢部權丞監督の任に膺り、而して與力・歩士・足輕之に屬せり。次いで綱紀は、その事をして遺漏なからしめんが爲、己に代りて老臣前田孝貞を遣はさんとせしに、孝貞は時に年七十に垂とせしが、意氣凜然、進みてその命を辱かしめざらんことを期したりき。然るに綱紀のこれを幕府に告ぐるに及び、幕府はその必要なかるべきを諭したるを以て止め、頭役二人を巡見使として發遣せり。高山城屯戍事件は前後四年に亙りて終る。