石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第四節 極盛極治

この時に當りて將軍綱吉頗る學を好み、諸侯中に在りては綱紀・水戸侯光圀と共に亦好學者の白眉たり。而も光圀は寧ろ綱吉の憚る所たりしを以て、綱紀獨その趣味を同じくする點に於いて親愛せられ、待遇亦漸く厚きを加へたりき。元祿二年八月九日將軍は前田氏の家格を進め、自今五節の佳辰に當りて謁を白書院に賜ふべきを命ぜらる。蓋し白書院に於いて謁見の禮を行ひ得るものは、從來尾張・紀伊・水戸三侯のみに止り、封境の大なること天下に冠たる前田・島津等の諸氏は、或は黒書院に於いてし、或は大廣間に於いてし、その他柳營當直の居室、賜與存間の禮皆甚だしく差等ありしが、綱吉綱紀を優遇するの意を明らかにせんが爲に、初は月次の登營に親と室を同じくすることを許し、尋いで親を饗する時には必ず綱紀をしてこれに列せしむることゝし、今や更に白書院賜謁の令を下して全然三家と同格たらしめたるなり。