石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第四節 極盛極治

綱紀寛文十一年四月七日を以て江戸に抵りしが、この夏當世の名儒を本郷邸に招きて宴を張り、一代の盛事と稱せられき。抑本郷邸は、大阪の役後將軍秀忠がこの地を利常に與へたるに始り、寛永三年建築の工に從ひ、成るに及びて利常の母壽福院を居らしめしことあり。次いで六年四月家光・秀忠各この邸に臨み、九年十二月には辰口の本邸に罹りしを以て、利常は暫く之に居れり。十七年家光再び來りて之に臨み、綱紀の時明暦元年大修築を施して益壯麗を加へ、後又園池を修め、綱紀自ら育徳園と稱したりしものにして、規摸の廣大と風致の典雅とを以て知られたりき。この日讌に與りしものは、林鵞峰・林鳳岡・林春東・人見友元・野間三竹・野間允廸・平巖仙桂・澤田宗堅五十川剛伯にして、前の六人は幕儒、後の三人は儒なり。皆當代學界の錚佼にして、或は園中の勝景を吟じ、或は綱紀の詩韻を賡げり。