石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第三節 白山爭議

是に於いて御前岳及び別山は全く平泉寺管轄に歸し、神祠の散錢はいふまでもなく、室堂の使用料・一瀬の湯税等皆その收入となるに至れり。しかも平泉寺領たる嶺上神地と山麓牛首・風嵐領との境界、及びその入會權に關しては頗る不明瞭の點多く、紛擾尚絶ゆることなかりしを以て、幕吏内山七兵衞は享保十六年六月十二日江戸を發足して親しく論地の視察を遂げ、その報告に基づきて翌十七年三月十三日幕府は裁許状を下附し、以て一たびこの問題を解決せり。これが結果として、牛首・風嵐二村民四拾餘戸が從來一瀬・赤岩に於いて出作せる畑地に對して年貢を平泉寺に納め、別に平泉寺領内に在りて渡世する冥加として夫役を納むる契約を爲したりしが、村民側にては固よりその低下を欲するを以て屢歎願書を提出し、遂に嘉永七年八月越前丹生郡本保なる幕府代官所の調停を得るに至れり。