石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第三章 加賀藩治恢弘期

第三節 白山爭議

尾添川の上流に於ける石川郡能美郡との境界は、古く見附谷川及び尾添川を以て限れるが故に、尾添は元と石川郡にして荒谷は能美郡なりしが、後に中野川(今中川に作る)及び尾添川の線を以てするに及び、兩邑共に能美郡に屬することゝなりしは言ふまでもなし。但し此の如く郡界の移動せる年代に就きては、越登賀三州志來因概覽の附録に、『尾添・荒谷をも能美郡と爲は、寛文四年以來のこと也。』と記したるが故に、後の學者皆之に疑を挾むものあらずといへども、荒谷は固より能美郡とし、且つ次に引ける寛文六年の覺書に、『いづれの時分より替候哉、今程は白山より流候中野川、能美郡石川郡之境に而御座候。』といへるによりて見れば、郡境の變更が決して寛文四年に行はれたるにあらず。恐らくは一揆擾亂の頃にあるべし。