石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第十節 社會種々相

當時犀川及び淺野川の河原に踊・操等を興行するもの漸く起りしが、彼等は利常夫人及び公子の觀覽に供せんが爲、時々城内に招かれてその技を演じ、夥多の金品を與へられたりき。こゝに至りて慶長禁令は全く行はれず、阪の藝人等城下に入り來るもの益多きを加ふるに至れり。就中鬼川の邊に女歌舞伎の座ありて、大夫をお吉・鹽竈・十五夜といひしが、世人その容姿の艷麗なるを稱揚して楊貴妃・李夫人・勾當内侍といへり。この外座中の婦女凡べて三十餘人、皆兵庫髷に前髮を立て、朱鞘又は梅華皮(カイラギ)鞘の兩刀に金透しの鍔を用ひ、眞紅の下緒を裝ひ、印籠・巾着を帶び、若衆の風態に扮裝して、舞踊と狂言とを交へ演ぜしに、上下の男女之を觀るもの頗る多く、或は短册を贈り、或は菓子・瓶子を與へて之を賞せり。札錢は灰吹の細(コマギン)三分宛とし、芝居は未の刻に至りて終り、申の刻を過ぐる時は士人各駕を發してその邸に迎へ、以て一夕の歡樂を盡くせり。その他字右衞門・雅樂之助の淨瑠璃操、喜太夫・孫太夫の能操、藤村藏人の踊子の座、油屋與次郎の蜘舞の座等、皆一時に聲名ありき。