石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第十節 社會種々相

慶長十九年利家の後室芳春院江戸を發して金澤に歸り、城内二丸に住せしに、利常はその母を慰めんが爲に、屢音曲諸藝に堪能なる檢校を招きて技を演ぜしめき。是より後元和三年七月芳春院逝去に至る間、利長の後室玉泉院は西丸に在り、今侯利常夫人は本丸に在りしかば、侍女從卿最も多く、互に妍を競ひ嬌を爭ひ、遂に『つゝじ椿は山の端を照らす、城の女中衆は極樂橋を照らす。』との俚謠をすら生ずるに至り、城下婦女子の風俗も亦その影響を受けて頗る奢侈に赴きしものゝ如し。極樂橋は城内二丸より本丸に入る所に在りて、金澤御坊がこの地に在りし時の通路なりしより名を得たるものなりといふ。