石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第九節 金澤城及び城下

藤五郎の造れる藥師如來を安置せりといふ金澤伏見寺縁起も、その内容略藤五物語に同じく、唯行文頗る佛臭を帶び、且つ藤五郎が天兒屋根命の苗裔にして、能登國高屋の郷士刀禰長房・同國島山の臥行者等の同胞なることを附會したる點に於いてのみ異なりとす。縁起の卷末に元和三年快存と記したるも亦固より捏造にして、左記の奧書により略その作者と年代とを知り得べきなり。

 予嘗て藤五郎の記一卷ありと聞けども、未だ是を見る事を得ず。思ふに測邈の世、何處に散ずる事を知らず。又何人の手に落る事をしらず。哀憾する事年あり。今茲戊申夏五月の初旬、事ありて外に出たり。適々一士書を携て、門に入てこれを雛僧に囑して曰、近比藤五郎の記を審にせんと欲るの志ありと聞く。此故に來りて是を附すと。囑し終て袖を拂ふて去。予歸りて是を繙て見れば、則開山快存法印元和年中に記る所の者也。こゝにおいて歡喜頂戴して措ん所をしらず。實に數年來の苦思を一時に散ずる事を得たり。只其人の姓名を聞かざる事をうらむ。因て一言を題して後昆に傳ふと云。
    嘉 永 元 年               伏見寺現住  榮   麟
〔伏見寺縁起奧書〕