石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第九節 金澤城及び城下

寛永八年四月十四日城下法船寺門前より失火し、同寺に延燒せり。時に西南風猛烈なりしかば、河原町・犀川大橋を燒き、外堀の竹叢を貫きて仙石町より堂形に出で、遂に城内辰巳櫓・本丸等を類燒せしめ、前に利常夫人の媵臣等が居りし所の江戸町も亦灰燼となる。このは、後に至りて大原次右衞門の家臣が放火せしによること發覺したるを以て、之を郊外泉野に於いて火刑に處せり。而して新城の造營は、翌九年に至りて成る。

 今度御居城依火事、二・三之丸ひとつに被成、御作事可之付而、芳春院丸西之堀被御掘度之旨被仰上候。如繪圖披露候處、早々可申付候旨上意候間、可其意候。恐々謹言。
    寛永八年未六月六日                  永井信濃守尚政 在判
                               酒井岐守忠勝 在判
                              土井大炊頭利勝 在判
                               酒井雅樂頭忠世 在判
      加賀中納言殿
         御  報
〔薫 墨 集〕