石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第七節 大阪兩陣

大阪夏陣に關する前田軍行動を述べたるものに大阪表夏陣之覺一卷あり。これ亦後の編纂に係るものなれども、先の冬陣に於ける日記とその體を異にす。今之を左に掲ぐ。

 慶長十九年(二十)[大阪落城以後 元和元年開元]五月大坂表夏陣之覺
 一、自京都五月三日御出陣之旨、公儀御定。藤堂和泉殿・井伊掃部殿兩組、其次越前宰相殿、其次利常樣、其次台徳院樣、其次家康公御旗本に而御座候事。
 一、利常京都に而者北野に御在陣、御家中之人數者嵯峨に被指置。五月三日御出陣、竹田通御武者押し、則竹田に御宿陣。四日、天神之森御宿陣。五日、すな(砂)と申所御宿陣。六日、久法(寳)寺御宿陣。七日、大阪城攻、岡山口迄御人數出之事。
  但久法寺は大坂より三里半許も可御座由。
 一、道中御武者押し之刻、一番旗、二番鐵炮、三番弓、四番長柄、五番其手之組頭、其次々組中一手々々行列之事。
 一、七日、岡山口御人數被出候儀者、前之日大坂より人數を出し、藤堂和泉殿・井伊掃部頭殿手に合、利常樣者程隔り御手合無御座に付、御先手御訴訟成、岡山口え御備之由御座候御事。
 一、岡山口御家御備、岡山本道左の方、山崎閑齋(長徳)・奧村河内(榮明)兩組一備。其次長九郎左衞門(連龍)・本多安房(政重)兩組一備。岡山本道右の方、横山山城(長知)・富田越後(重政)兩組一備。其次利常御手之備に而御座候御事。
 
   同              富田越後 兩組一備 御馬廻三組 御小姓 利常樣 台德院樣  
   同              橫山山城      御馬廻三組 御小姓           
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 大阪勢      岡 山 口 本 道                             
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   同   山崎閑齋 兩組一備  本多安房 兩組一備       御家之御備如此 家康公は 
   同   奧村河内       長九郞左衞門          天王寺口に御備之由に御座候 
 
 一、岡山口御備之時分、一番鐵炮、二番弓、三番長柄之事。但旗者御備之跡に立申事。
 一、一組之内人々の鐵炮・弓・長柄、其組頭と一所に遣、其手々々之裁許人相添候事。
 一、岡山口人數御備候處に、敵方人數多押廻し、御味方之人數不足に相見候故、御家人數くらいを取有之候處に、鐵炮一放宛打捨御人數懸り候へば、敵敗軍に付追討に被成候御事。
 一、武者大將、松平伯耆・水野内匠に而御座候事。
 一、竹たば付儀者、一手之組頭指圖次第之御定之事。
 一、惣而小屋取之次第、先手より一組切、或者在家をこぼち、或者山林竹木伐取、小屋掛候御事。
 一、一組切小屋を取、三町又者四町程先に夜中捨篝二つ三つ、其夜明候迄燒捨候事。
 一、本篝は小屋より一町前後に二つ三つ爲燒申候事。
 一、夜中張番、一組之内よりかわる〲相勤候事。
 一、夜之内間鐵炮組々より、所々より或二度或者三度宛打捨申候御事。
 一、一手小屋之けこみに馬驗を立、其より兩方え旗・長柄立まぜ候事。
 一、甲はけこみに立候も有之候得共、大半者小屋之内に立置候。勝手次第之事。
 一、糧つかひ候儀者七つ以前に仕廻、寅之一天御出張御定之事。
 一、朝飯仕廻、晝飯歩行之者より以下者腰に付させ、晩の飯米も人々腰袋に付させ候樣に、惣組中申定之事。
 一、騎馬之者は、其身躰(代)より鞍輪に付申候。一手之組頭は辨當爲持候得共、先は鞍輪に飯米付候事。
 一、大坂御陣之内公儀より御扶持方相渡り、御家よりは早見十太夫と申者請取に被遣由に御座候。道中其外御對陣中者無御構、三日分之圖りの由御座候。是者大坂三日之内に落城仕に付、其故に而可御座かと、何茂取沙汰仕旨に御座候事。
 一、御家之小荷駄奉行極たるは無御座、人々手前より裁許之者相添、惣人數之跡に遣候と覺候由に候。大正持御陣之(大聖寺)節者、高知御小姓かわる〲被仰付候事。
     以 上
〔古蹟文徴〕