石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第七節 大阪兩陣

七日敵兵皆城より出でゝ戰陣を張り、眞田幸村は茶臼山に、毛利勝永は天王寺に、大野治房は岡山に在り、而して大野治長等は後軍と爲れり。利常亦久寳寺より岡山口に進む。既にして午刻に近づくや、秀忠の本營なる歩士の携ふる虎尾鞘の鑓百本、悉くその鞘を去る。日比小兵衞乃ち利常に告げていふ、合戰將に初るべしと。利常小兵衞・津田勝左衞門に命じて歩士の長柄の鞘を去らしむ。時に越前先鋒本多富正・吉田好寛等、敵將眞田幸村の軍と交刄す。利常之を視て亦急に攻撃を加へしむ。是に於いて本多政重横山長知長連龍・山崎長徳・富田重政等の諸隊、皆喊聲を揚げて先を爭ひ、殊に伴雅樂助・篠原織部・野村左馬允・丹羽織部等の勇士は、鑓を揮ひて大野治房の陣を襲ひ、北ぐるを追ひて進みしに、敵の後軍之を見て瓦解し、利常の兵は隍塹を越えて城壁に攀登せり。大坂の士北村五助等乃ち矢丸を集めて之を防ぎしかば、前田軍の死傷甚だ多かりしも、勇を皷して進み、その斬馘する所實に三千二百餘級に及びたりき。