石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第七節 大阪兩陣

この後戰局は急に發展することなく、前田軍に於いても、十二月十一日大小銃炮を伯母瀬山に集めて、城中に彈丸を注ぎし外見るべき戰鬪行爲なかりき。同日家康は佐渡代官及び甲斐代官を召し、各所屬鑛山坑夫を率ゐて、坑道を藤堂・井伊・前田三氏の陣地より掘鑿し、城郭の一部を破壞せんことを命じたりき。是を以て藤堂・井伊の二方面は既に土工に着手せりといへども、前田軍の陣地には未だその事なく、以て二十日和議成立の時に及べり。