石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第六節 基督教の傳播

吾人はこゝに高山南坊の姻戚たりし横山氏に就きて、若干の研究を爲さゞるべからず。先づ南坊の女壻たりしは長知の子康玄にして、その父長知にあらざることは前に之を言へるが如く、横山氏の系譜にも、長知の妻は前田長種の妹にして、康玄の妻は高山南坊の女なりしが、南坊が吉利支丹に屬し、一族を携へて南蠻に配流せられたるを以て、再び今枝草也が女を娶れりとあるに依りて、何等の疑義を挾むを許さず。されば外國入津記に『高山が娘は、加州の長臣横山山城守長知が妻なり。』といへる如きは全く誤謬なり。且つ康玄が、その岳父若しくは妻の感化によりて基督教徒となりたりしや否やは固より明らかならず。コリンに據れば、康玄も亦信徒たりしを以て、その妻が父と共に去らんとせるを容認せるなりと記し、一説には、康玄はこの際信仰を放棄したるに拘らず、その妻の之に同意せざりしを以て、藩侯は禍の重臣に及ばんことを恐れ、命じて離別せしめしなりといへども、皆揣摩臆測にして何等の確證あるにあらざるにあらず。