石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第五節 三國統一


 出羽(篠原一孝)・閑齋(山崎長徳)・備中(岡島一吉)爲御使中納言利家)樣わたくしに以來迄別而御目をかけさせられ、御うしろ立にも罷成候やうにと、れん〱被仰候而御諚ども、みやうがしごくに奉存候御事。
 一、筑前(利常)樣御心付として御加増貳萬石被下候旨、誠ありがたき仕合可申上やうも無御座候。此砌之事に御座候間、方々の御事御取こみ可成處に、思召付させられ急度御きを付られ候儀、外聞實儀ありがたき共中々申上がたく、かんるいをながしたてまつり候。委細兩三人之御使並攝津守(奧村榮頼)かたへ御請之口上申上候間、可御意候御事。
 一、利長樣わたくしに被御意候も、筑前樣御うしろ立に罷成、存寄候事をば御ための儀申上候へとの御諚に候間、さま〲忝儀共かさなり申候間、筑前樣へきつと御奉公申上候はで不叶儀に候處に、猶以今度御きを付させられ、色々忝御諚共、みやうがにかないたる儀と難有奉存候。公義日かげに御座候條、さし立ての儀は右に御理申(コトハリ)上ごとく御めん可成候。内々の儀をばいかやうとも御ため能やうに御奉公可申上候。しぜんの儀も候て、御ぐんやく等、御さきてあるひは御國はしにをかせられ候共、二心なく一筋に御奉公可申上候御事。
 一、駿河・江府へ内々にて被仰遣候儀共、身におよぶ程はせいを出し内談可仕候。其段は乍恐御心安可思召候。御年寄衆もおゝき中に、かやうに取分我等一人のやうに、おくそこなく御心安御目をかけらるゝ上は、たとへ御心にかけさせられ候共、よきあしきに付存寄候事をば可申上候。尤思召の通をも被仰聞下候。申上ても〱、今度之御諚共外聞實儀忝存候御事。
 右之條々いつはり申上においては、
    〓六月八日(慶長十九年)
〔本多家所藏案文〕
       ○

 爲加増二萬石以分國之内扶助訖。全可領知之状如件。
    慶長十九年六月十三日                 利   光(利常前名) 在判
      本多安房守殿
〔本多家記録〕
       ○

本多政重畫像 男爵本多政樹氏藏