石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第五節 三國統一


 一、筑前守に、右彼是家中へ申出通、具に可申候。則書中にも前田對馬・前田修理兩人に申付候通、書付遣候事。
 一、金澤奉公人面々え、利長存寄候通一書申分候事。
 一、知行高召置候面々共之儀者不申、人持馬廻組頭・鐵炮組頭小姓番頭以下、無殘聞屆候樣に、其組頭々々召集、可申渡候。家中諸侍何も自今以後、私之意趣遺恨縱雖之候、如此申出上者、互に一味同意可入魂事專一に候。是併公儀御爲令重故、又は筑前守爲存候間、如何樣之儀にて私之宿意雖之、可義斷事尤可滿足由、能々可申渡事。
 一、横山山城守姊娘と神尾主殿助縁邊之事。
 一、山城守妹娘と山崎市正と可申合事。
 一、南坊と村井出雲守間、然々(シカシカ)と無之樣に相聞え候條、加樣之間も右之通候間、以來之儀兩人申渡事。
 一、金澤年寄共其外諸面々より、筑前守並我々誓紙一通充可請取候事。付、凡案文を遣候。尚以筑前守並年寄共令相談、文言之儀何にても不殘愚意可引直候。此方えは不入儀に候得共、在世之内と存置恨事。
 一、此地に有之面々にも、右之樣子少も無相違樣に可申出候。當分我々傍に召遣候者共事、尚以右之條々申出心持(マヽ)、成其意候樣に可申聞と存候。其通筑前守並年寄共えも可申渡事。
 一、其方兩人儀、自今以後家中諸侍共間惡敷無之樣に、能々可情儀肝心候事。
 右之外、口上に申渡候趣以下得其意申渡者也。
    五月十五日慶長十六年)                      利   長
      前田對島守(長種)殿
      奧村伊豫守(永福)殿
〔武家事紀、三州志等考定〕