石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第四節 大聖寺淺井畷二役

利長の出軍に決するや、孫四郎利政は弟修理知好をしてその居城七尾を留守せしめ、金澤に來りて軍事を議せり。利長その北進するに先だち、後顧の憂を絶たんが爲に、使を小松城の丹羽加賀守長重に遣はし、二人が固より私怨あるにあらざるを以て、我が軍の行動を妨ぐるなからんことを求めしに、長重一たび之を諾したりしが、その質を代へんとするに及びて和議遂に破綻に歸せり。利長乃ち兵力を以て之を屈服せしめんとし、高畠定吉奧村永福・青山吉次を金澤城の守將となし、長連龍・その子好運・奧村榮明・太田長知・山崎長徳・横山長知高山長房・篠原一孝を先鋒とし、利政と共に本隊を率ゐて、七月二十六日金澤を發せり。既にして石川郡福富村に至りて軍議を定め、小松城を陷るゝに先だちて、その與黨たる大聖寺城主山口玄蕃允宗永を屠るの要ありとなし、二十七日利長の進みて能美郡三堂山に次するや、岡島一吉・不破勝光をこの地に留め、又前田良繼・寺西秀澄を千代に屯せしめ、以て小松軍牽制の任に當らしめき。