石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第四節 大聖寺淺井畷二役

この年八月、家康使を利長に遣はし、之に告げしめて曰く、卿は父君の病中より久しく伏見に在りしもの、その困苦察するに堪へたり。されば一たび封に就きて身心を安んじ、治務を行ひ、然る後更に上國に出づるも亦可ならずや。幼君秀頼の保護に關しては、太閤恩顧の臣僚多くその左右に侍せり。毫も卿の意を煩はすを要せざるべしと。利長利家遺誡に、その薨後三年を經るにあらざれば國に歸るべからずといへるを以て、大に之に從ふを遲疑したりしが、家康の慫慂も亦忽諸に附する能はざりしかば、當時大阪に在りし生母芳春院に諮りたりき。芳春院乃ち老臣を留後たらしめて家康の勸説に從ふも可なるべしとせるを以て、利長遂に之を容れ、村井長頼を伏見邸に置き、奧村永福芳春院の護衞たらしめ、而して己は八月二十八日を以て歸國の途に就けり。