石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第四節 大聖寺淺井畷二役

慶長四年五月廿九日利長襲封の賀宴を開かんと欲して、諸侯伏見の邸に招く。家康も亦豫め之に列するを諾せしが、期に至り遽かに病と稱して之を辭せり。この事増田長盛利長の異圖あるを家康に告げたるに因ると傳へらるゝも、家康の機會を捉ふるに敏なる、若し長盛の密告なかりしとするも、何等かの目的の爲にこの饗宴を利用することを忘れざりしなるべし。顧みれば利家はその終焉に先だちて、子孫の保護を家康に囑し、而して家康は之を快諾したりき。然るに今や嗣子襲封の賀宴に當り、當日の正賓たる彼にして突如之を避けて席に臨まざりしもの、豈曩日の約束を重んずるものゝ所爲ならんや。是より後利長は大に疑惧の念を懷き、その社稷維持せんが爲には、利家遺誡をすら恪守する能はず、故太閤の恩義を思ふ以前先づ内府の意志を忖度せざるべからざるに至れり。