石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第三節 前田利家の晩年

三月朔日に至りて利家の病益篤し。夫人乃ち之に經帷子を著せんことを勸む。利家莞爾として曰く、『おれが經帷子は今はの時見可申候。うるさの經帷子や、おれはいらぬ、御身跡からかぶりやれ。』[利家 夜話]と。或はいふ、この時利家語りけらく、予亂世に生まれて劒戟を事とし、人の生命を斷つこと幾何なるを知らず。然りといへども未だ嘗て無名の師に從ひしことあらざるなり。閻王若し余をして地獄に墮在せしめば、予は先に冥途に赴きし麾下の將卒を率ゐて、一撃を之に加へんのみ。獨り恨む、故太閤の嗣君幼沖にして父を喪ひ、家康と予とを頼みて江戸爺・加賀爺と呼べり。然るに嗣君今予の死せるを聞かば、必ず大に落膽するあらんことをと。此等の談、果して幾何の程度に於いて眞相を傳へたるかを知らずといへども、彼が最期に臨みて、尚毫も赳々たる武夫の體度を失はず、故君の寄託を瞬時も忘るゝことなかりしは明らかなり。