石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第三節 前田利家の晩年

祿三年我が軍尚朝鮮に在りて明兵と相對峙せり。この年二月利家は大阪に上り、次いで京都伏見の間を往來せしが、十二月歸りて國政を視、四年正月亦上洛せしに、秀吉は三月六日利家に江州今津西濱及び弘川の地を與へて、封國往返の旅次に便ならしめき。翌慶長元年八月明使楊方亨・沈惟敬等伏見に至る。和既に成りしを以てなり。時に利家命を受けて惟敬をその伏見邸に居らしむ。明使秀吉大阪城に謁し、封册・金印及び衣冠を献じたるは、この後九月朔日に在りて、利家及び家康も同じく衣冠を受けたりき。次いで秀吉明使を饗し、利家等皆之に陪せしが、暫くして封册の記する所大に秀吉の意に違ひたるを以て之を逐ひ、二年正月再征の軍を發したりき。而もこの役に在りては、秀吉の意氣復舊の如く旺盛ならず、利家等も亦行營を進むることを爲さゞりしが、三年八月十八日秀吉の薨ずるに及び、利家家康と相議して在外の大軍を收容するの難局に當れり。