石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第三節 前田利家の晩年

果然明の媾和正使參將徐用梓・副使遊撃徐一貫等は、五月十五日を以て名護屋に著したりき。秀吉即ち利家をして一貫を賓待し、家康をして用梓を享侑せしめ、以て二十一日に及ぶ。尋いで諸將亦相代りてその任に當れり。今鹿島郡永光寺藏に徐一貫の書あり。その語句によりて想像すれば、一貫之を書して接待の任に當れる佛者に與へしものゝ如く、而してその佛者は即ち永光寺の住侶なりしやも未だ必ずしも知るべからざるなり。蓋し越中安居寺に傳はれる挹翠樓の幅と共に、一貫が書の双璧とすべきものなり。

 孝俤(悌)通神明。忠信行□(變カ)貊。積善來百祥。是名作因果
 言爲百代師。行爲天下法。久久不掩。是名不壞身
 仁人之安宅。義人之正路。行之誠且久。是名光明藏
 道徳脩二身。功徳被萬物。爲賢爲大聖。是名□(佛カ)菩薩
    萬暦癸巳歳(二十一年)季夏吉旦
      大明遊撃徐一貫謹書
〔永光寺藏扁額〕