石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第二節 越中平定

利家成政と雌雄を爭ひて、何等徹底的の勝敗を見ること能はざりし間に、上國に於ける秀吉は、自家の勇武と才能とを發揮して運命を開拓するに餘念なく、三月には先づ院御所の造營に著手し、内大臣に昇任せられ、紀伊に入りて根來寺に猛烈なる膺懲を加へ、益その聲名を顯せり。次いで五月、彼は久しからずして北陸の征途に上らんとするを利家に報じたるものゝ如く、その七日には利家より之を七尾の守將前田安勝に牒したるを見る。而して利家が同月二十一日を以て上國に向かひしは、その目的果して那邊に在りしかを詳かにせずといへども、必ずや常時軍務の閑散なりし秀吉に謁して、成政に對する處置を議するをその重要案件の一としたりしこと更に疑を容れず。而も秀吉は尚その北進するに先だちて、四國の長曾我部元親に痛棒を加へ、以て彌が上にも自己の背後を安全ならしむるの必要なるを感ぜしなり。