石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第二節 越中平定

是の月、上杉景勝前田氏に對する同盟の約を實現せんが爲、その將土肥政繁等を先鋒たらしめて越中を侵し、新川郡境城を攻撃せり。城兵能く拒ぎて奮鬪せしも、成政の援軍急に到らず、爲に脱走するもの相踵ぎしかば、守將益木中務丞は終に質を出して和を求め、城を上杉軍に致して去れり。利家も亦上杉氏の運動に策應し、十一月八日書を越中氷見郡阿尾の城主菊池右衞門武勝に送りて、向背の利害を諭し、以て之を降せしめんとせり。武勝は肥後の人菊池武時の裔なり。幼にして兄武平に從ひ、肥前の高來に居りしが、武平の戰歿するに及びて、筑前・薩摩等に流浪し、後越中に移りて功あり。依りて信長より阿尾城を賜はりしなりといふ。