石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第二編

第二章 加賀藩治創始期

第二節 越中平定

この時能登荒山には、神保氏張の裨將袋井隼人ありて之を守れり。利家乃ち十月廿六日書を邊將青木善四郎・大屋助兵衞に遣はして、荒山の敵状を監視せしめ、別に高畠定吉をして勝山口に陣せしめ、並に彼等の退却せんとするを見ば、烽火を揚げて之を報ずべく、我は直に援兵を出すべしと約せり。後諸將機に乘じて荒山を力攻し、遂に隼人を逐へり。この役定吉その祖直吉傳ふる所の法華題目を書したる赤幟を樹て、衆を勵まして先登す。利家之を賞し、定吉をして留りて荒山を守らしめき。

 今日は度々注進令祝著候。仍あら山の敵、今夜は(わ)たりとりのくべきかと存候。人を付置、若のく事候はゞ、ごんげんに火をたて可申候。即それまで人數をつかはし、てつはうはなしを出し、はなさせ可申候。かつ山の口へは、織部(高畠定吉)など陣取より人を付置、やうだひきかせ申候。いづれも火をあひづに、人數を可遣候。無由斷荒山口に人を付置尤候。火をあげ次第、人數を可遣候。謹言。
                           又    左
    十月廿六日(天正十二年)                     利   家 印
      青木善四郎殿
      大屋助兵衞へ
         進之候
〔高畠氏文書〕

青木善四郎等宛前田利家書翰 金澤市相川豐男氏藏