射水市新湊博物館 高樹文庫「石黒信由関係資料」

石黒信由関係資料

2 越中・加賀・能登 (4) 能登 ② 口郡(羽咋・鹿島郡)の絵図 


主図no史資料名史資料記号
(目録番号)
原本画像目録翻刻現代語訳
絵図[1][清図]「能州口郡邑知潟絵図」文化十四年三月三(一)D51画像目録--
古文書[2][日記]「能州羽喰郡邑知潟堀川水矯等被仰渡候ニ付御用留帳」文化十四年二月二(二)232画像目録翻刻-
[3][野帳]「羽喰郡邑知潟廻分間野帳」文化十四年三月四日二(二)233画像目録--
[4][記録]「能州口郡邑知潟廻分間番杭帳」文化十四年三月二(二)234画像目録--
[5][記録]「(邑知潟歩詰之覚)」(文化十四年)丑二月二十七日二(二)1222画像目録--



[1][清図]「能州口郡邑知潟絵図」文化十四年三月
 
3-1-D51  [目録 三(一)D51]
 
--------------------------------------
 
[2][日記]「能州羽喰郡邑知潟堀川水矯等被仰渡候ニ付御用留帳」文化十四年二月 [翻刻]
 
2-2-0232_00  [目録 二(二)232]      画面トップ
 

表紙   文化十四年丁丑二月    画像  画面トップ
 
    能州羽喰郡邑知潟堀川
    水矯等被仰渡候ニ付御用留帳
 
            石黒藤右衛門
 
1    一、 二月廿三日 加納様ゟ書状    画像  翻刻トップ  画面トップ
       至来、能州羽食郡邑知潟
       堀川水矯等御用有之候
       ニ付、当廿七日ニ羽食村へ罷出
       候様申参候、
 
    一、同廿六日 雨風
       高岡大工源五郎方ニ而水
       台出来為致、加納へ為持
       候様申談、八つ時頃ゟ出
       立、夕方加納へ参着泊り、
       夜五つ時過中川人足ゟ
       水台為持加納へ参り申候、
 
2    一、二月廿七日 西風 雨あらね    画像  翻刻トップ  画面トップ
                  ふり
       朝六つ半時頃加納出立、
       七つ時過羽食村へ着、
       但、加納ゟ人足弐人ニ荷物
       為持遣候、
       加納様夜九つ時迄羽食
       村へ御越候、
 
    一、同廿八日 天気
       朝五つ時頃福留六郎右衛門殿
       等御こし、
        他郡御扶持人
          福留村六郎右衛門殿
          加納村兵衛殿
        自郡御扶持人    画像  翻刻トップ  画面トップ
          武部村四郎大夫殿
         組付
          本江村六郎右衛門殿
          坂井村一楽殿
        水矯方役人
          高木村藤右衛門
          福岡村甚左衛門
        外ニ
          石川郡長屋村八郎右衛門
          羽食郡白瀬村庄九郎
        竿捕
          鹿嶋郡府中村太郎兵衛
         〆
 
3        他郡御扶持人宿    画像  翻刻トップ  画面トップ
          羽食村肝煎 小右衛門
        自郡御扶持人十村宿
          同村いりこや
        縄張人等宿
          同 米や新右衛門
       御扶持人中等ゟ御申談御座候
       ハ、潟廻り麁絵図相調申ニ付
       廻り分間可仕候、末堀川等
       水矯等之義御申談御座候、
       潟新開願人
           深江村小兵衛
           道下村丹次
 
    一、同廿九日 雨風時々雪    画像  翻刻トップ  画面トップ
       潟尻ゟ海迄水引川并
       柳田村前ゟ海迄堀川、且
       柳田村ゟ柴垣村ノ南海迄、
       くり貫等可致旨申上候場所
       見分、
        〆一宮村子浦屋
             与四兵衛方泊り
       御扶持人衆中等ハ酒屋
       八右衛門方泊り、
 
    一、三月朔日 天気 西風
       柳田村領潟縁ゟ宮村
       大鳥井ノ南へ堀川ノ水矯、
 
4        但、一宮気多太神宮へ    画像  翻刻トップ  画面トップ
        参詣仕候、
         〆  子浦屋
              与四兵衛泊り
               
    一、三月二日 天気 西風少し
       潟惣廻り見分并子浦川
       堀替可申川筋分間、但
       吉崎領潟縁ゟ石野町村
       領迄、
        但、二月廿九日ゟ三月二日
        迄加納様持病ニ而出役無之、
        旅宿御座候、
        〆   子浦屋
              与四兵衛方泊り
 
    一、同三日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
       一宮大鳥井ノ南海縁堀川
       十六番杭ゟ柴垣村迄海辺
       水矯分間、昼前相済、
       昼後親司様方ハ旅宿御帰り、
       道下村丹次へ御申渡之義御座候、
       此元等五人ハ瀧谷ノ寺へ参詣
       仕候、
        〆   子浦屋
              与四兵衛方泊り
 
5    一、三月四日 昼前風雨 昼後曇天    画像  翻刻トップ  画面トップ
       邑知潟尻羽喰川北縁ゟ羽食村、
       柳田村、千路村、鹿嶋路村ノ領ノ
       間分間相済、但千路村中飯、
       親司様方ハ鹿嶋路村ノ内字
       松尾孫十郎方泊り、
       藤右衛門等五人ハ同所六郎兵衛方
                     泊り
        〆
 
    一、同五日 天気
       金丸村、金丸出村、大町村、
       堀替新村、本江村領之間
       潟縁分間、
        〆   堀替新村    画像  翻刻トップ  画面トップ
               彦助方泊り
 
    一、同六日 同
       尾長村、千田村、円井村、
       吉崎村、深江村、羽喰村、
       潟口川尻迄并潟川口
       ゟ羽喰川海迄、同川尻
       ゟ一宮大鳥井ノ南迄海
       抔分間水矯仕候、
        〆   羽喰村
               新左衛門泊り
 
6    一、同七日 風雨    画像  翻刻トップ  画面トップ
       潟廻り分間相済候ニ付、
       昼前相談、昼後ゟ
       潟下絵図仕懸り申候、
         〆   羽喰村
                新左衛門泊り
 
    一、同八日 天気
       飯山川見取分間ニ而飯山村
       ニ而中飯、
         〆   今浜新岡屋
                与三右衛門方泊り
 
    一、同九日 天気 西風    画像  翻刻トップ  画面トップ
       武部様、加納様、本江様并藤右衛門、
       六兵衛浜往来通り下粟崎ゟ
       金沢七つ前着、
       福留様、八郎右衛門津幡通りニ而
       金沢ヘ着、
         〆    鶴屋平助方泊り
              但、藤右衛門、八郎右衛門両人共
 
    一、同十日 天気
       潟廻り下絵図加納様旅宿
       塗屋  方ニ而相調申候、
 
    一、同十一日 同
       右同断、
 
7    一、同十二日 雨     画像  翻刻トップ  画面トップ
       下絵図相調申候、
 
    一、同十三日 時々小雨
       上り絵図墨引壱枚
       相調申候、
       長屋村八郎右衛門朝過ニ
       帰村いたし候、
 
    一、同十四日 天気
       上り絵図彩色仕候、并
       潟縦横間数、歩数等相
       しらへ申候、
 
    一、同十五日 雨
       右絵図并添帳小紙等    画像  翻刻トップ  画面トップ
       御改作所へ御上ケ被成、
       尤書入等御算用場
       復古役所ニ而仕候、
 
    一、同十六日 天気
       邑知潟小絵図下書
       墨引仕候、
 
    一、同十七日 同
       御算用場復古所ニ而
       能州親司様方并福留、
       加納様御寄合之上、開
       方仕法、ふしん図り等
       御相談ニ付罷出申候、
 
8    一、同十八日 雨    画像  翻刻トップ  画面トップ
       昼前上り絵図書入并
       別絵図相調、昼後御
       算用場復古所ニ而
       付札等いたし、則絵図
       等上り申候、
 
    一、同十九日 天気
       小絵図相調申候、
       下条親司様昼立、津幡泊り
       ニ而御帰被成候、
       大聖持様金沢御泊り、
 
    一、同廿日 同
       武部四郎大夫殿旅宿森下屋
       長兵衛方ニ而藤右衛門、藤吉
       大絵図墨壱枚いたし候、
 
    一、同廿一日 同    画像  翻刻トップ  画面トップ
       右同断、并潟而已ノ
       小絵図三枚墨引いたし候、
       
    一、同廿二日 同
       大絵図弐枚彩色并
       付札等いたし候、武部、加納
       御両方へ上リ申候、中川、加納
       等一見、翌廿三日帰村仕候、
       廿三日ニ罷帰候旨案内仕候、
 
    一、同廿三日 同
       金沢ゟ帰村并下条へ
       帰案内仕候、
 
9    一、能州松波松園寺居屋敷、    画像  翻刻トップ  画面トップ
      同所万福寺与申分有之、
      御公事場与力、寺社与力、
      御算用者并他郡御扶持人
      倉見村市十郎殿、渕上村
      源五郎殿、右屋敷打渡被
      仰付ニ付、藤右衛門罷出申度
      旨三月十八日復古所ニ而
      倉見様ゟ御申談御座候、
    一、同廿二日森下屋ニ絵図相調
      罷有候処へ、倉見等手代
      罷越、当廿八日松波発足
      被仰渡御座候、其節指閊不申
      哉最前書上申度旨被申    画像  翻刻トップ  画面トップ
      聞候ニ付、其節ハ指支申義
      無御座候段返答ニ及申候、然所
      鶴屋平助方へ右手代中
      罷出、当廿六日ニ金沢へ出府
      可致旨申残し、則平助ゟ
      此段申聞候、
    一、同廿三日金沢ゟ着いたし
      候処、同夜喰滞いたし、
      廿四日打臥罷在候ニ付、右
      松波行御用、廿六日ニ出府
      可仕義ニ難仕候間、倉見
      市十郎殿等へ此段御達被下
 
10     候様、下条親司ゟ飛脚    画像  翻刻トップ  画面トップ
      を以御申越御座候様、下条
      江案仕候、
       〆
 
       高木藤右衛門遣銭之覚
     三月九日
    一、百文     小遣、絵具等代
     十一日
    一、百廿文    はけ壱本
    一、弐百文    絵はけ壱本
    一、三拾文    風呂、髪結ちん
     十六日
    一、三拾文    風呂、髪結ちん
    一、廿文     焼ミやうはん    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五拾八文   八寸紙弐帖
                  鶴屋ゟ
    一、弐百文    茶代、鶴屋へ
    一、拾文     そり一足代
     同廿一日
    一、廿四文    髪結ちん
    一、百文     善吉為取銭
    一、百五拾文   羽喰ゟ金沢迄
             高木ゟ羽喰迄
             小遣等
     三月九日ゟ廿二日迄
    一、弐貫八百文  十四泊り、鶴屋
             平助方宿料
    一、弐百文    右茶代
    一、五拾文    下女へ為取
 
11    廿三日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、百三拾六文  戻り 金沢ゟ
             高木迄
             道中小遣
     〆四貫弐百三拾文 
      内三貫五百六拾文 金子弐歩
       七百七拾文   銭
       〆
       外ニ
        四百文  金沢ゟ
             荷物人足代
             下条清助へ
             相渡
      二口〆四貫六百三拾文
               惣入用
 
    一、壱枚   大絵図御改作所へ    画像  翻刻トップ  画面トップ
           三月十八日ニ上ル
       外ニ潟而已ノ絵図壱枚相添ル
    一、壱枚   同断 三月廿二日
           加納ゟ御改作所御控ニ
           上ル
       右同断
    一、壱枚   大絵図、能州武部、
           本江両親司様控
           三月廿二日ニ上ル
       右同断
    一、壱枚   小絵図、加納様
           控 三月廿二日ニ上ル
       右同断
     〆右金沢ニおゐて上ケ申候、
 
12   一、百拾四匁    口郡大じ    画像  翻刻トップ  画面トップ
              潟分間方
              渡り
       右銀子口郡番代長右衛門
       ゟ射水番代半右衛門方へ指
       越候ニ付、丑十二月廿七日
       宮森御用所へ半右衛門ゟ到来
       ニ付、宮森手代中ゟ為持
       遣請取申候、
        〆
        右之内
          七匁      惣絵具代
          拾弐匁弐分五厘 水台入用
        引残而    画像  翻刻トップ  画面トップ
          九拾四匁七分五厘 料銀ニ当ル
         此分
          十二日   潟廻り等勤
            三拾六匁  一日三匁
          十五日   金沢勤
            七十五匁  一日五匁
          外ニ
            八匁計 人足代
          〆百拾九匁程図り
        指引して
           廿四匁弐分五厘 不足
            此分潟廻り宿料等ニ引取
 
13       残銀口郡御扶持人中    画像  翻刻トップ  画面トップ
        残銀口郡御扶持人中
        ゟ相渡り申様子ニ
        御座候、
 
14   一、拾壱人     藤右衛門荷物    画像  翻刻トップ  画面トップ
              人足書上ノ
              図り
      此内
        壱人    高木村ゟ加納へ
        壱人    中川ゟ加納へ
          但、水台持
        弐人    加納ゟ羽喰へ
        弐人    羽喰ゟ加納へ
        壱人    加納ゟ高木へ
        弐人    金沢ゟ高木へ
         〆拾壱人
 
       絵図方ニ付請取物    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五拾枚     山田紙 福留
     三月十日ゟ
    一、拾枚      同   加納
    一、八本      針   同
    一、弐百枚     みの紙 同
    一、弐帖      八寸紙 同
     〆
     一、七匁     惣絵具
     一、三匁五分   水台等行
     一、八匁七分五厘 大工三人五分
      〆 書上ル
    一、弐百枚     みの紙 武部ゟ
    一、壱帖      中折紙 同
 
15    二月廿八日羽食村ニ而    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、八寸中折紙三帖    本江
                  御手代ゟ
    一、竹田曲尺木 五寸ノ壱丈角
                 半本
    一、三十め計    白苧
    一、五本      竹
    一、壱人半     大工、木挽共
    〆
 
    算盤師
     江州大津藪ノ下
           宇兵衛  翻刻トップ  画面トップ
 

--------------------------------------
 
[3][野帳]「羽喰郡邑知潟廻分間野帳」文化十四年三月四日
 
2-2-0233_00  [目録 二(二)233]      画面トップ
 
--------------------------------------
 
[4][記録]「能州口郡邑知潟廻分間番杭帳」文化十四年三月
 
2-2-0234_00  [目録 二(二)234]      画面トップ
 
--------------------------------------
 
[5][記録]「(邑知潟歩詰之覚)」(文化十四年)丑二月
 
2-2-1222_00  [目録 二(二)1222]      画面トップ