射水市新湊博物館/高樹文庫「石黒信由関係資料」

石黒信由関係資料

5 測量

(1) 測量・製図器具


no史資料名史資料記号
(目録番号)
原本画像目録翻刻現代語訳
器具[1][測量器具]道路車棹部品器具16画像目録--
測量書[2][測量書]「測量法実用 一」文政十一年一(二)835画像目録--
[3][記録]「(測量道具書上)」二(二)1292画像目録翻刻-



[1][測量器具]道路車棹(どうろくるまさお)部品 [解説]
 
sokuryo16  [目録 器具16]
 
 車輪の回転数から距離を測る器具の部品が石黒家に伝来しています。長方形の箱に回転する車輪と、回転数を表示するための文字盤と歯車が組み込まれており、道路を引いて歩き、その距離を読み取ります。1間(1.8m)で一周し、車輪の直径は50cm余と大型です。
現存する部品は目盛盤5点、歯車5点、八角盤2点と滑車の13点です。目盛盤は1分(18cm)単位のもの2点(径10.3cm)のほか1間単位、2丁(町)(218m)単位、1里(3.9km)単位のもの各1点(径19.0cm)で、10~60間の10間単位のものは現存していません。歯車5点には「大車押受」「二」「三」「四」「五」と記されています(径15.5~24.0cm)。
信由が文政2年(1819)からの加越能三州(富山・石川県)の測量に際し考案したもので、著書『測量法実用』に図解しています。「引いていけば距離が自ずからわかるので便利であるが、路面の状態によって車輪が土の中に入るなど利用しにくい」と記しており、実際数日のみの使用でした。伊能忠敬も量程車(りょうていしゃ)という同様の器具を持っていましたが、あまり使用せず、むしろ鉄鎖(てっさ)を多用したことに類似しています。      画面トップ
 
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[2][測量書]「測量法実用 一」文政十一年
 
1-2-0835_01_16  [目録 一(二)835]
 
 (原本画像)16~17ページ目に道路車棹について掲載されています。      画面トップ
 
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[3][記録]「(測量道具書上)」 [翻刻]
 
2-2-1292_00  [目録 二(二)1292]
 

1   輪棹入箱 内法 長 三尺弐寸四分    画像      画面トップ
           幅 二尺四寸七分
           深 壱尺二寸
    両方板    弐枚
    前後方板   弐枚
    底板     壱枚
    大車中囲板  弐枚
    棚板     壱枚
    上かふせ蓋  壱つ
    車心木    五本
    中歯車心木受中柱
           弐枚
    同上押    壱本
    中〆両アリ木 壱本
    両方板押   四本
    跡小車仕懸共 壱つ
 
    檜箱壱つ
       内法 長 一尺一寸三分
          幅 三寸五分
          深 一寸五分
    此内へ入ル品左之通
     中〆せン   六本
     跡小車後栓  一本
     大車中〆長栓 二本
   (上書込)
後道程間数見ル目交壱つ 見当車四つ
 
2     大車外栓   弐本    画像  翻刻トップ  画面トップ
     後中車押栓  四本
     押竹     五本
     同留竹栓   四本
     中車〆栓   五本
     〆
 
   車入箱 内法
     長 弐尺
     幅 壱尺九寸四分
     深 五寸
      但、ふた縁一寸かふせ
     〆
    此内へ入ル物左之通
     大車      弐つ
     同押受歯車   一つ
     中歯車     四つ  翻刻トップ  画面トップ