射水市新湊博物館/高樹文庫「石黒信由関係資料」

石黒信由関係資料

2 越中・加賀・能登

(4) 能登

③ 奥郡(鳳至・珠洲郡)の絵図


主図no史資料名史資料記号
(目録番号)
原本画像目録翻刻現代語訳
絵図[1][清図]「能州鳳至郡下町野郷御私領時国村御預所時国村論所絵図」天保七年四月三(一)D114画像目録--
[2][清図]「能州鳳至郡下町野郷御私領時国村御預所時国村領見取絵図」天保七年四月三(一)D116画像目録--
古文書[3][日記]「能州奥郡時国村地論ニ付分間方御用留帳」天保七年三月二(二)786画像目録翻刻-
[4][野帳]「能州鳳至郡御私領時国村与御預ケ所時国村論所分間野帳」天保七年四月二(二)787画像目録--
[5][野帳]「振分ヶ打立野帳并分間野帳」天保七年八月十五日二(二)804画像目録--
[6][日記]「能州鳳至郡時国村論地振分ケ方為御用出役御用留帳」天保七年八月二(二)805画像目録翻刻-



[1][清図]「能州鳳至郡下町野郷御私領時国村御預所時国村論所絵図」天保七年四月
 
3-1-D114  [目録 三(一)D114]
 
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[2][清図]「能州鳳至郡下町野郷御私領時国村御預所時国村領見取絵図」天保七年四月
 
3-1-D116  [目録 三(一)D116]      画面トップ
 
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[3][日記]「能州奥郡時国村地論ニ付分間方御用留帳」天保七年三月 [翻刻]
 
2-2-0786_00  [目録 二(二)786]      画面トップ
 

表紙   天保七年丙申三月    画像  画面トップ
    能州奥郡時国村地論ニ付
    分間方御用留帳
         石黒藤右衛門
 
○    能州奥郡時国村御私領    画像  翻刻トップ  画面トップ
     時国与御預所時国与地論有之、
     近年来種々詮義を尽シ候得共、
     双方申募落合兼候ニ付、畢竟
     公事場御僉義ニ可至候、依之
     実地之模様不遂見分而ハ難
     相成ニ付、平丞義中村蔀
     相同シ、御預地方御用礒松森右衛門
     等も立会、遂見分申筈、因而
 
○    平丞等当廿四日此表発足、    画像  翻刻トップ  画面トップ
     同廿八日時国村江到着之図り、
     就右其許右論所江召連、分
     間絵図等相認度候条、廿八日
     時国村へ着之図りに而、在所ゟ
     直ニ彼地江可相向候、他郡惣
     年寄北村與右衛門召連レ罷越候、
     尤自郡惣年寄北村為次郎
     等も罷出候、
     右之趣為可申渡如此候、以上、
 
      申三月十六日  広瀬平丞 印    画像  翻刻トップ  画面トップ
            石黒藤右衛門殿
                 
     追而時国村御預所家立等入合
     之村ニ候、承知之義ニ候得共、為念
     申聞候、以上、
           同十九日宅へ至来ニ付、
      右御紙面、薄波村理右衛門方ニ
      廿日夜泊り居候所へ、弥三兵衛飛脚
      に而至来いたし候、
 
○    私義、能州鳳至郡時国村論所分間方         画像  翻刻トップ  画面トップ
     御用ニ付罷出候様、御改作所ゟ御紙面を以
          孫久三郎同道ニ而明
     被仰渡候ニ付、廿五日出立、罷出候ニ付為御
     案内申上候、以上、
       申三月廿四日   石黒藤右衛門
         御郡御奉行所
 
      右三月廿四日、小杉御出役所へ為持遣候、
 
     先触   覚
      一、五人    宿継人足
       右拙子義分間方御用ニ付、明廿五日早朝
       出立、能州奥郡時国村へ罷越候条、
       右人足指支不申様致度候、為其
       申遣候、以上、
 
○       申三月廿四日   石黒藤右衛門         画像  翻刻トップ  画面トップ
          放生津町
            役人中
 
          覚
      一、五人    宿継人足
       右拙子義分間方御用ニ而今廿五日飯山村
       泊りニ而、明廿六日早朝出立、中嶋村迄罷越候
       条、右人足指支不申様致度候、為其
       申遣候、以上、
        申三月廿五日夕  石黒藤右衛門
            飯山村
            高畑村 
            良川村
            田鶴浜村
            大津村
            川崎村    
           右村々役人中
 
○        先触      石黒藤右衛門    画像  翻刻トップ  画面トップ
          覚
      一、五人   山駕籠人足等
       右時国村分間御用相済、明五日
       時国村昼立罷帰候条、宿々不指支
       様致度候、泊附左之通ニ候、以上、
        申四月四日    石黒藤右衛門 印
          能州時国村ゟ
          射水郡高木村迄
            宿々
             肝煎中
       一、四月五日    輪嶋泊り
       一、同六日     富木泊り
       一、同七日     子浦泊り
       一、同八日     高木村着
        〆
 
○         御用留    画像  翻刻トップ  画面トップ
     申
    一、三月廿五日 天気
       朝五つ時前藤右衛門、久三郎、喜兵衛、六三郎
       相同、藤右衛門かこニ而放生津迄、五つ半時
       伏木へ着、九つ時迄氷見、夕方
       飯山村へ着、
       但、氷見ゟ子浦、飯山与宿順之所、飯山
       へ直ク行申ニ付、飯山宿ノせかれ相頼、子浦へ
       駄賃帳夕過取ニ遣し、百弐拾文手当
       相渡申候、
         昼 氷見田中屋太左衛門方
         泊 飯山角屋吉兵衛方
       但、先触廿五日夕中嶋迄宿々へ
       出申候、
 
    一、同廿六日 天気
 
○      早朝飯山出立、九つ時頃田鶴浜へ着、    画像  翻刻トップ  画面トップ
       九つ半時ゟ海舟ニ而八つ半時頃中嶋へ
       着、
         昼 田鶴浜松任屋
                長左衛門
         泊 中嶋村本屋
                与左衛門
      一、与左衛門ハ此元弟子ニ付泊り申候、
        分間方之事咄居申候、且与左衛門 
        持申磁石等見請申候、
        検地方一件一冊相□申候、
        夜ハ品々馳走被致、海鼠
        壱かけ、数四十八貰申候、
 
     申
    一、三月廿七日 天気
       但、朝六つ半時中嶋村出立、途中ニ而
       中飯、九つ過市ノ坂村へ着、夕方 
       輪嶋へ着、
         昼 平野村領途中ニ喰     
○        泊 輪嶋久保屋九兵衛    画像  翻刻トップ  画面トップ
 
    一、同廿八日 天気 昼後ゟ西風雨
       輪嶋ニ而広瀬様御旅宿へ罷出候所、
       両時国村取為替之延宝三年九月
       御絵図御渡御座候、猶更時国村ニ而
       夫々可申談旨被仰渡候、
      一、昨廿七日御改作御奉行広瀬様、中村様、
        御預所御奉行礒松森右衛門様、原篠六郎右衛門様
        惣年寄北村与右衛門、高木村石黒藤右衛門
        等各輪嶋泊り、
      一、御改作方御奉行所  名舟村昼
      一、御預所御奉行所   里村昼
       右御両御手合七つ時過時国村へ着、
       藤右衛門ハ直ク時国村へかこニ而罷越、
       八つ時前時国村ノ内湊へ着、昼、
       夜中御奉行旅宿へ御見舞申上候、
 
○        昼 時国村湊    画像  翻刻トップ  画面トップ
         泊     直吉方
        御改作方御奉行
           広瀬平丞様    宿時国村
           中村蔀様       藤左衛門
        御預所御用
           礒松森右衛門様  宿曽々木
           原篠六郎右衛門様   三郎兵衛
         外ニ御預所附御算用者弐人
           同   足軽四人
        他郡惣年寄能美郡犬丸村
           北村与右衛門   宿曽々木
                      甚右衛門
        自郡惣年寄鵜川村
           北村為次郎    宿時国村
                      藤左衛門
           真清田三郎兵衛    同人
        同 大沢村
           筒井内記     宿曽々記
                      甚右衛門
○       同 鹿野村       宿    画像  翻刻トップ  画面トップ
           狩野恒方       藤左衛門
        組主附鈴屋村年寄並
           藤井茂八郎    同 同人
        分間方御用
          射水郡高木村    宿湊
           石黒藤右衛門     直吉
             久三郎、縄張人喜兵衛、家来六三郎
             〆四人
      一、廿八日夜中藤左衛門方へ罷出、広瀬様
       等へ此度手伝与して、孫久三郎并
       縄張人殿村津幡江村喜兵衛召連罷出 
       候旨申上候、久三郎、喜兵衛御挨拶ニ
       出申候、且又惣年寄中等へも談申候、
       且又御預所御奉行所ノ旅宿へ罷出候、
       右之趣等申上候、
 
○   一、同廿九日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
       四つ時ゟ双方御奉行四人、御預所
       御箪笥弐人、足軽四人、他郡自郡
       惣年寄五人、年寄並組主附壱人、
       分間方石黒藤右衛門、且左門、藤左衛門
       并両時国村役人各罷出、論所
       御案内申上候、
      一、右論所与申所、藤左衛門ゟハ海迄不残
       御私領時国村領与申聞、左門ゟ
       論所境杭ヲ打、配符ヲ立申候分、
       右御奉行所等御見分御座候、此通
       相違打返無之哉与左門并藤左衛門等手前
       御尋被成候所、相違無之段申聞候、
       夕方迄見分相済、皆々旅宿へ
       御帰り、
 
○     一、御預所方ゟ分間人中居村文吉    画像  翻刻トップ  画面トップ
       御出ニ御座候、
      一、広瀬様等被仰渡候ハ、明日ゟ右論所
       境筋分間いたし可申候、且御私領
       時国村惣絵図并御預所時国村惣領
       絵図見取ニ相調、可指出旨等被仰談、
       且時国村領境敷戸村へも申遣、役人
       指出境目案内為致可申旨、組主附
       へ被仰談候、依而両御手合共御奉行
       明日御帰り、跡之義ハ惣年寄中等へ
       御任ニ相成申候、
        但、御絵図調方等之義、広瀬様
        ゟ委細藤右衛門へ御談ニ御座候、
        依出府いたし右絵図指出
        可申旨御申談ニ御座候、
 
○    申    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、四月朔日  天気
       一、両御奉行所昼四つ時過まてニ
        御出立御座候、
       一、九つ時過ゟ論所境分間いたし
        候、尤両時国村左門、藤左衛門、役人、
        百姓等、各相見いたし相帳も付申候、
          昼 
          泊  時国村藤左衛門方
 
    一、同二日 昼後小雨ふり
       朝五つ半時ゟ御私領時国村領
       分間、昼後御預所時国村領
       見取分間、七つ時過相仕廻り
       申候、尤御預所時国村領東境
       敷戸村役人指図いたし候、
 
○      一、真清田三郎兵衛、狩野恒方帰宅ニ御座候、    画像  翻刻トップ  画面トップ
  
    一、同三日 雨降
       五つ半時頃ゟ高田寺へ罷出、右
       論所下絵図相調申候、
 
    一、同四日 昼後雨ふり
       高田寺ニ而下絵図出来いたし、
       久三郎、喜兵衛ニ中絵図壱枚相
       調させ、又久三郎壱枚、文吉、
       喜兵衛壱枚為相調申候、彩色
       少々相残り候分、翌朝いたし候、
       北村与右衛門出立、三崎へ廻り帰宅之図り、
 
    一、同五日 天気
       早朝藤左衛門方ニ而彩色残り
       并絵図書入等読合いたし候、
 
○      一、絵図 壱枚  左門へ相渡       画像  翻刻トップ  画面トップ
       一、同  壱枚  藤左衛門へ相渡
       一、同  壱枚  北村為次郎へ相渡
       右ハ此度分間絵図論所之分 
       計相認申候、人々承知不仕而ハ
       難相成ニ付相渡申候、
       追而藤右衛門帰宅之上、右論所
       分間絵図壱枚并両時国村 
       惣絵図相調、出府之上広瀬様へ
       上ケ可申候事、
       一、分間絵図百間曲尺六寸ニ仕候、
       一、両時国村領見取絵図ハ、百間
        曲尺三寸ニ仕候、
 
○      一、壱箱輪嶋ふと素麺、藤井       画像  翻刻トップ  画面トップ
        茂八郎ゟ貰申候、且北村与右衛門も
        貰申候、此義両人共御返
        申候得共、北村為次郎ゟ貰申候様
        被申聞候ニ付、両人共受納仕候、
       一、北村為次郎四つ時過出立、
       一、石黒藤右衛門四つ半時過出立、
        同日七つ時頃、輪嶋へ着、
          昼 時国村 藤左衛門
          泊 輪嶋医師
               井口鎌蔵
 
○   一、同六日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
       早朝輪嶋出立、九つ時道下村へ
       七つ半時頃富木へ着、
       昼前寺口惣持寺へ参詣、
          昼 道下村問屋
                徳左衛門
          泊 地頭町佃屋
                久兵衛
 
    一、同七日 天気
       早朝六つ半時地頭町出立、
       昼前福浦ノ湊見物、
       昼後一宮并瀧谷参詣、
          昼 川尻村問屋
                孫右衛門
 
○         泊 子浦村木綿屋    画像  翻刻トップ  画面トップ
                甚右衛門
 
    一、同八日 天気
       六つ半時頃子浦出立、九つ時頃
       氷見へ着、九つ半時氷見出立、
       七つ半時過高木村へ着、
          昼 氷見田中屋
                太左衛門
     出入日数
        〆十三ケ日
 
○    申    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、四月十一日 天気
       下絵図弐枚共書入等直し候、
       出来仕候、
 
    一、申四月十四日ゟ十七日迄四ケ日
       久三郎論所絵図四枚并両時国村
       見取絵図三枚〆七枚相調
 
    一、同十九日 久三郎付札相調、四枚ニ
       張り申候、
 
          覚
    一、壱枚  両時国村論所分間絵図
    一、壱枚  両時国村領見取絵図
 
○     〆 弐枚壱袋入    画像  翻刻トップ  画面トップ
         但、広瀬平丞様へ 四月廿六日御宅ニ而
                  上ル
    一、同断  御預所御奉行所上ル
         但、右同断、広瀬様ゟ御渡し
                     申上候、
    一、同断  奥郡惣年寄北村為次郎等行、
         但、右同断、
       〆
 
     申六月十七日
    一、両時国村論所絵図  壱枚
       但、大極岩之所、論所ノ色ニいたし候分
        申六月十七日、時国村左門罷出候而、
        右彩色少違候所直し貰申度旨申聞候ニ付、
        色直候而絵図左門へ相渡申候、広瀬様方へ  
        上り候絵図此通り可仕旨申談候、
 
○       追而射水郡手附棟取吉田屋小右衛門    画像  翻刻トップ  画面トップ
        へ出候、此元へ相返候様申談置候、
 
      鳳至郡時国村地許争論為御用、私
      罷越申候、往来人足自分雇ニ仕罷越   
      申候間、別紙道程書を以、御割符被仰渡
      被下候様、小紙を以奉願上候、以上、
        申六月      石黒藤右衛門
        御改作方
          御郡御奉行所
 
         鳳至郡時国村地許争論為御用
         私上下三人、当三月廿四日高木村
 
○        発足、四月九日罷帰候、道程    画像  翻刻トップ  画面トップ
         日数之覚
    一、三拾七里拾壱町   高木村ゟ鳳至郡
                時国村迄道程
    一、三拾七里拾壱町   鳳至郡時国村ゟ
                高木村迄同断
      〆七拾四里弐拾弐町
 
    一、十五日   日数
       右之通ニ御座候間、御扶持方代等
       御割符被仰渡可被下候、最前中勘銀
       請取不申候、以上、
        天保七年六月   射水郡年寄列
                    石黒藤右衛門
        御改作方
          御郡御奉行所
 
○         覚    画像  翻刻トップ  画面トップ
      一、八拾四匁九厘    文銀
       右先達而能州時国村道程銀相渡  
       候ニ付、御改作所へ相達指上申候間、相届
       候段可被仰下候、以上、
         申八月十二日    手附棟取
                     小右衛門
           石黒藤右衛門様
 
        右申七月廿四日、小杉御出役所ゟ
        飛脚ニ而至来、受取申候、
 
表紙   天保七年丙申三月    画像  翻刻トップ  画面トップ
       三月廿五日ゟ四月八日迄日数
       〆十三ケ日出勤
      能州鳳至郡時国村
      出役御用小遣覚帳
             石黒氏
 
○      小遣    画像  翻刻トップ  画面トップ
     三月廿五日
    一、百拾五文   ○ 放生津人足
               五人分駄賃
     同日
    一、弐拾五文     笠紐等
     同日
    一、五拾五文     六渡寺舟賃
     同日
    一、三百六拾五文 ○ 伏木村人足
               五人分賃銭
     同日
    一、六文       草履壱足
     同日
    一、五文       太田村茶代
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、拾文       柳田村茶代
     同日
    一、百文     △ 氷見町田中屋
               太左衛門中飯、茶代
     同日
    一、八百弐拾七文 ○ 氷見町人足
               六人分賃
     同日
    一、弐百文      右人足子浦迄
               相定候所、飯山
               へ直ニ相廻候ニ付
               増
     同日
    一、六文       もつとい壱把
     同日
    一、五文       中村茶代
 
○    同廿六日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、百六拾文   ○ 飯山村人足
               五人分賃
     同日
    一、八百文    △ 同所角屋吉兵衛
               宿料
     同日
    一、百五十文     同人忰子浦迄
               伝馬帳付ニ指
               懸候ニ付雇料
     同日 
    一、拾八文      わらし三足
     同日
    一、弐百文    ○ 高畠村人足
               五人分賃
     同日
    一、三百六十文  ○ 良川村人足
               五人分賃
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五文       三階村茶代
     同日
    一、百文     △ 田鶴浜中飯
               茶代
     同日
    一、七文       草履壱足
     同日
    一、弐百文    ○ 同処ゟ中嶋迄
               舟賃
     同廿七日
    一、百五拾文   ○ 中嶋村人足
               六人分賃
     同日
    一、拾弐文      わらし弐足
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、百五拾五文  ○ 小牧村人足
               五人分賃
    同日
    一、百五拾五文  ○ 曽福村人足
               五人分賃
     同日
    一、百三十文   ○ 乙ケ崎村人足
               五人分同断
     同日
    一、五拾五文     穴水ニ而昼飯
               ござ壱ツ代
     同日
    一、六文       わらし壱足
     同日
    一、百三拾五文  ○ 平野村人足
               五人分同断
     同日
    一、四文       同酒代
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、四拾五文   ○ 市坂村人足
               五人分同断
     同日
    一、百四拾文   ○ 小泉村人足
               五人分同断
     同日
    一、七文       同酒代
     同日
    一、百拾五文   ○ 市瀬村人足
               五人分同断
     同日
    一、五文       同酒代
     同廿八日
    一、三百八拾五文   輪嶋鳳至町 
             △ 中町久保屋九兵衛
               御用払宿料
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、百拾五文   ○ 輪嶋町人足
               五人分賃
     同日
    一、百六拾五文  ○ 惣領村人足
               五人分賃
     同日
    一、百五拾五文  ○ 名舟村人足
               五人分同断
     〆五貫六百五拾四文
             高木村ゟ時国村迄雑用〆
     同廿九日
    一、弐百四拾文    時国村ニ而
               煙草壱玉
     四月五日
    一、五百六拾文  △ 同村直吉方
               宿料
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、壱貫四百四拾文 △同村藤左衛門方
               宿料
     同日
    一、百三拾五文  ○ 時国村人足
               五人分賃
     同日
    一、百八拾五文  ○ 小田屋村人足
               五人分賃
     同日
    一、四文       右酒代
     同日
    一、百拾五文   ○ 惣領村人足
               五人分同断
     同日
    一、五拾文      輪嶋町ニ而
               八寸紙壱帖
               薄巻紙壱帖代
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、百七拾文     同処ニ而
               梩菱五ツ代
     同六日
    一、三百八拾六文 △ 輪嶋町井口
               鎌蔵方宿料
               御用払   
     同日
    一、百文       寺口村ニ而
               生菓子廿代
               壱つ五文宛
     同日
    一、拾八文      わらし三足
     同日
    一、八拾文    ○ 輪嶋人足
               五人分賃
     同日
    一、百文     ○ 長井村人足
               五人分同断
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五文       右人足酒代
     同日
    一、九拾文    ○ 縄又村人足
               五人分賃
     同日
    一、四文       右酒代
     同日
    一、百三拾文   ○ 亀山村人足
               五人分賃
     同日
    一、百四拾五文  ○ 浦上村人足
               五人分同断
     同日           
    一、五文       右酒代
 
○    
    一、百七拾五文  ○ 道下村人足    画像  翻刻トップ  画面トップ
               五人分賃
     同日
    一、五文       右酒代
     同日
    一、三百九拾文  ○ 剱地村人足 
               五人分賃
     同日
    一、三拾文      右酒代
     同日
    一、五拾文    △ 道下村問屋
               徳左衛門方ニ中喰
               茶代等
     同七日
    一、三百八拾文  △ 地頭町佃屋
               久兵衛方宿料
               御用払
 
○    同七日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五百四拾五文 ○ 地頭町人足
               五人分賃
     同日
    一、弐百九拾五文 ○ 川尻村人足
               五人分同断
     同日
    一、弐百四拾文    一ノ宮村人足
               五人分同断
     同日
    一、拾弐文      生菓子四つ
     同日
    一、百文       焼酒壱合
     同日
    一、百文     △ 川尻村ニ而中
               喰、茶代等
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、拾文       一ノ宮人足
               酒代
     同日
    一、拾八文      わらし三足代
     同日
    一、弐拾文      六三郎
               髪結賃
                〆六貫三百三十弐文
     同八日
    一、三百六拾文  △ 子浦村宿料
               御用払
     同日
    一、拾弐文      わらし弐足
     同日
    一、六百九拾文  ○ 子浦村人足
               五人分賃
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、拾文       小久米村ニ而
               茶代
     同日
    一、百文     △ 氷見田中屋
               太左衛門中喰
               茶代等
     同日
    一、五文       餅代
     同日
    一、拾五文      柳田村ニ而
               茶代等
     同日
    一、三拾文      太田村
               舟ちん
     同日
    一、三百五拾八文 ○ 氷見町人足
               五人分賃
 
○    同日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五文       中村ニ而
               茶代
     同日
    一、百拾五文   ○ 伏木村人足
               五人分賃
     同日
    一、四拾文      六渡寺村
               舟ちん
     同日  
    一、六文       草履壱足
     同日
    一、六拾文      生菓子廿
     同日
    一、百三拾文   ○ 放生津人足
               五人分賃
    一、七拾文      右酒代
 
○    〆八貫三百三拾八文    画像  翻刻トップ  画面トップ
               時国村ゟ高木村迄
               雑用〆
     二口合
       拾三貫九百九拾弐文
        内
         七貫六百五文   宿継人足賃銭
         四貫七百六拾壱文 宿御用払并中飯所
                  茶代共
         壱貫六百廿一文  所々小遣
         〆
 
○      入留    画像  翻刻トップ  画面トップ
     三月廿五日
    一、三貫文         放生津ニ而
     同日
    一、金弐歩         飯山村ニ而
       代三貫四百弐拾文
     四月五日
    一、金壱歩         時国村ニ而
        壱朱
       代弐貫百弐拾五文
     同日
    一、金壱歩         輪嶋ニ而売
       代壱貫七百文
 
○    同七日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、金壱歩         地頭町ニ而
       代壱貫七百文
     同日
    一、金壱歩         子浦村ニ而
       代壱貫七百文
    一、金壱朱         放生津ニ而
       代四百弐拾五文
     〆拾四貫七拾文
        内
 
○        八拾四匁九厘   八月十二日小右衛門    画像  翻刻トップ  画面トップ
                  御改作所御渡銀
                        至来
        指引シテ
          五貫六百六拾一文  自分遣ニ相成申候
          〆
 
     申三月廿五日能州行
    一、金五両        宅ゟ請取
       代
    一、三貫文        同
      〆  翻刻トップ  画面トップ
 

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[4][野帳]「能州鳳至郡御私領時国村与御預ケ所時国村論所分間野帳」天保七年四月
 
2-2-0787_00  [目録 二(二)787]      画面トップ
 
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[5][野帳]「振分ヶ打立野帳并分間野帳」天保七年八月十五日
 
2-2-0804_00  [目録 二(二)804]      画面トップ
 
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[6][日記]「能州鳳至郡時国村論地振分ケ方為御用出役御用留帳」天保七年八月 [翻刻]
 
2-2-0805_00  [目録 二(二)805]      画面トップ
 

表紙   天保七年申八月    画像  画面トップ
 
    能州鳳至郡時国村論地振分ケ
    方為御用出役御用留帳
 
          石黒藤右衛門
 
○    時国村論地為振分方、其許    画像  翻刻トップ  画面トップ
     儀来月十二日迄ニ彼地へ到着
     之積を以出立可有之、尤御預地方ハ
     中居村豊吉罷出申筈ニ候間
     申談、夫々無滞可相心得候、且又
     右手合ゟ者御算用中等茂
     罷出候旨役所へ申来候得共、拙者
     とも手合ゟハ其許迄指向、外ニ
     役人指出不申候、尤其旨御預
     地方へも申聞置候条可得
 
○    其意候、以上、    画像  翻刻トップ  画面トップ
      七月廿二日     矢部順平
                石黒左門
         石黒藤右衛門殿
      追而本文地元振分ケ半通り
      藤左衛門江相渡候上、役所宛所之
      請書取立追而可差越候、尤今度
      其元出役振分候義藤左衛門江も
      申渡候、已上、
 
○      能州鳳至郡両時国村論地    画像  翻刻トップ  画面トップ
       振分ケ方御用
     申
    一、八月九日 天気
       但、当八日宅出立    石黒藤右衛門
       ニ書上ル        高木村
                     久三郎
                    下人
                      四郎兵衛
       朝六つ半時頃宅出立、かこニ乗り
       放生津迄、源右衛門、宗七、是ゟ宿人足
            六三郎、六之助供
       伏木へ五つ時半頃着、人足出方通り
       四つ時頃出立、氷見九つ半時頃、尤
       臼ケ峰ニ而七つ時過ニ相成、子浦へ
       暮合過着、子浦ゟ遠見人足
       出し申候、
 
○        昼  氷見田中屋    画像  翻刻トップ  画面トップ
                 太左衛門
         泊り 子浦木綿屋
                 嘉十郎
          羽喰川橋三十四間 ランカン
               御作事橋也
 
    一、同十日 天気
       子浦日出ニ出立、川尻九つ時、
       富木へ七つ半時過着、
        但、北村覚右衛門方へ立寄申候所、
        かい餅出申候、
         昼  川尻村肝煎
                 孫右衛門
         泊り 地頭町村
                 久兵衛
 
    一、同十一日 七つ時過ゟ大雨ふり
 
○          暮合ゟ大雨北風    画像  翻刻トップ  画面トップ
       地頭町朝六つ時前出立、剱地村四つ時、
       道下村九つ時、昼立ニ而暮合ニ縄又村へ、
       夜五つ時過輪嶋川井町へ着、
         昼  道下村肝煎
                 徳左衛門
         泊り 川井町
                 平七
 
    一、同十二日 夕方ゟ雨ふり
      一、輪嶋海士百軒計有之、春二月八十八や
       ゟ秋八月中弐百廿日帰り、舳倉嶋へ
       出入共船百艘計一日ニ引越申様子ニ而、
       彼地ニ而鮑ヲ取、むし貝并のしも
       出来、其外さより、鯛等取干魚ニ仕候、
       八月中海士町へ帰り、夫ゟ灘浦の鮑等
       取、舟ニ而宮腰等へ売申候、
 
○     一、惣領村ニ而松嶋源次郎殿ニ逢申候、是も    画像  翻刻トップ  画面トップ
       人足取ニ罷越、暫ク休ミ被申候、御絵図方
       も無人ニ而はか取不申由咄ニ被申事、
       御前改メ方ニ而此間輪嶋ニ松嶋氏相
       詰、今日ゟ一両日時国村へ止宿、夫ゟ三崎へ
       罷越止宿、三崎ゟ又輪嶋ノ方へ被罷帰
       申様ニ被申聞候、
      一、里村領御蔵所ハ小田屋村御蔵所ニ御座候、
       但、先年小田屋村御蔵所川崩ニ相成、
       里村領へ屋敷替ニ相成候由、
      一、輪嶋川井町五つ時出立、時国村へ
       八つ時着、藤左衛門方へ着、
         但、八月十八日迄藤左衛門止宿仕候、
      一、久三郎曽々木へ御預地方御算用中
       出役ニ付、見舞ニ遣し申候、
         但、御算用中ハ十一日ニ被罷越候由、
 
○     一、中居村豊吉も十一日ニ曽々木へ罷越候由、    画像  翻刻トップ  画面トップ
      一、今般両時国村論地御才判書并絵図
       面御裏書等、藤左衛門ゟ出し見請申候、
         但、御預地方左門方へも、御才判書并
         絵図面、御裏書物相渡申由、
      一、能州口奥共常成御塩三十万俵
       出来無之而ハ指支申様子、当申年
       漸々十七、八万俵ならて出来不申
       旨、他国ゟ御召塩御買被成候事と申候、
      一、能州鳳至郡吼木山ハ、鵜飼村ゟ西
       法住寺村ノ法住寺ノ事也、
 
    一、十三日 大北風 終日大雨降
       中居村豊吉、藤左衛門方へ罷出、左門
 
○      呼ニ遣候所、御用多ニ而手透ヲ不得旨ニ而    画像  翻刻トップ  画面トップ
       罷出不申、振分方相談も相成不申候、
      一、時国村肝煎甚右衛門罷出、半通り 
       之義村方へ渡呉候様申聞候、色々
       六ケ敷義申出候、
 
    一、十四日 曇天
       朝過かこニ而曽々木酒屋三郎兵衛方へ行、
       御算用中ニ付、振分方ニ付肝煎甚右衛門
       ゟ願之趣等内分申談候、
      一、三郎兵衛方ゟ組主附藤井茂八郎内分ニ而
       藤左衛門方御出被成候様、壱封肝煎甚右衛門へ
       為持遣候、則藤井茂八郎、藤左衛門方へ
       被罷出候所、肝煎甚右衛門、組合頭間兵衛
       願之趣藤井氏へ申上候由、 
      一、暮合過肝煎甚右衛門等罷出、此度
 
○      被仰渡之通奉承知候間、明日双方へ    画像  翻刻トップ  画面トップ
       御渡可被下旨申聞、私共申分義
       無御座候旨申聞、尤願之趣ハ組主附迄
       追而願上可申旨申聞候、
 
    一、十五日 快天
       此元義気分尓々不仕ニ付、旅宿藤左衛門
       方居申候、
       朝五つ時過ゟ久三郎、豊吉場所へ
       罷出、村役人等ゟ鍬入之ケ所指図
       為致、双方半通りニ歩数打立候上、
       双方鬮引を以半通藤左衛門、半通り
       御預地方左門等へ相渡申候、尤
       御預地方御算用中両人、足軽弐人
       立会被致、夕方迄ニ相仕廻り申候、
         但、竿捕、麻木持ハ両時国村ゟ
 
○        ゟ出申候、久三郎、豊吉指図を以    画像  翻刻トップ  画面トップ
         為打立、且竿目等両村役人
         相見いたし申候、
      一、御預地御役人中ゟ被申候事
        湊ノ後鍬入畑、左門、藤左衛門内済ニ
        仕、此度しらへニ指除候事ニ致度旨
        申候、左門等ゟ申聞候、御預地方ニ而
        被聞届候様子ニ付、久三郎ゟ内済と
        申義聞捨かたく、双方ゟ実否
        之義被申聞候様致度旨、御預地方
        役人中へ申談候所、其通可然旨
        足軽ゟ左門へ申談、地元案内
        為致可申、振分ケ申候所双方ゟ
        地方之義指図仕候、
      一、此度御渡之地元、御預地、御私領、 
 
○       地元五ケ年ニ而繰替可仕候義、    画像  翻刻トップ  画面トップ
        左門、藤左衛門相談致候義、御預地方
        役人被申聞候、ケ様之義有之ニ付、
        久三郎ゟ右繰替之義ハ此度之
        趣意ニ無之事ニ候、私共承り申ニ
        不及旨、御預地方役人中へ申談
        候所、尤之事被申、繰替之義聞届
        不申旨、左門等へ被申入候指図ニ
        御座候、
 
  一、十六日 雨ふり 日不見
       久三郎早朝出立、尤藤左衛門方ゟ
       家来壱人宇出津迄かり申候、
      一、中居村豊吉鍬入ケ所絵図一枚
       相調、藤左衛門方へ罷出指出申候、但、歩
       数等しらへ、夕方曽々木へ帰ル、
 
○     一、藤左衛門ゟ地元請取之御請書一枚    画像  翻刻トップ  画面トップ
       指出申ニ付、此元添紙面并小紙
       壱枚、御改作所上り、都合三通壱封ニ
       いたし、御改作方御郡御奉行所衆所
       ニして認、則藤左衛門へ相渡、藤左衛門
       添状入近日之内、越中屋平七方へ
       遣し、是ゟ御役所へ上ル事、
         但、鈴屋村ゟ飛脚便りニ為遣
         申由、被申聞候、
 
        御預地方御役人
      御算用者      山本平左衛門
      同         長井久左衛門
      足軽        堀甚左衛門
 
○     同         松井平兵衛    画像  翻刻トップ  画面トップ
      地元振分ケ役   中居村
                 豊吉
        御預地   時国村庄屋
                  左門
                 組合
                  三郎兵衛
                 同
                  八兵衛
                 同
                  八郎兵衛
                 百姓代
                  八郎右衛門
                〆
        御私領時国村
         山廻り吟味役   藤左衛門
 
○             時国村肝煎    画像  翻刻トップ  画面トップ
                  甚右衛門
                 組合頭
                  間兵衛
           右御私領時国村之組主附
              鈴屋村 藤井茂八郎
         御私領 測量方
             射水郡高木村
                  石黒藤右衛門
                右手伝
                  久三郎
 
○     一、時国村壱反四百五拾歩也、年貢米    画像  翻刻トップ  画面トップ
        弐石弐斗五升五合 稲百束 三年 米
              歩也     打
        三石五斗計上り申由、
          年ニゟ三石ゟ四石迄事
      一、御預地時国村家数六拾弐軒
        曽々木ニ居住、
         外ニ左門普代之者弐拾七軒
           但、時国村東村ニ居住
      一、御私領時国村家数五十弐軒
         此内九軒ハ字湊ニ居住
           四十九軒ハ曽々木ニ居
         外ニ藤左衛門普代之者拾七軒
           但、時国村西村并湊ニ居住
 
○     一、御預地方渡千四百五拾四歩三分之分    画像  翻刻トップ  画面トップ
        打立、十七日中居村豊吉相雇、惣家数
        六拾三軒へ壱軒ニ付弐拾弐歩切分
        相渡申由、豊吉ゟ申聞候、
 
    一、十七日 昼頃ゟ日出テ申候
       藤右衛門休足、     
       両時国村見取絵図内分を以、
       藤左衛門忰藤四郎へかし、則写取申候、
 
    一、十八日 天気
       朝五つ時時国村出立、七つ時頃
       宇出津へ着、
       久三郎ハ十六日ニ三崎ノ寺家村肝煎
       方ニ泊り、十七日松波村ニ泊り、十八日
 
○      七つ時過宇出津へ着、    画像  翻刻トップ  画面トップ
       夜五つ時頃、北極出地測量仕候、
           昼    久田村肝煎
                    仁助
           泊    宇出津町
                    善吉
 
    一、十九日 曇天
       宇出津五つ半時頃出立、かこニ而
       波並村、同村ゟ舟ニ而鵜川村迄、
       四つ時頃鵜川ゟかこニ而川尻村まて、
       川尻ゟ中居村迄舟、
           昼    武連村
                   御坊
           泊り   中居村肝煎
                   豊吉
            豊吉 半切ノ鶏ノ懸物壱枚
            并海鼠貰申候、
 
○   一、廿日 下り風曇天    画像  翻刻トップ  画面トップ
       中居ゟ朝五つ時舟ニ而出立、所口へ乗
       可申図り之所、志ケ浦村ノ崎ニ而下り風
       ニ而波高ニ相成ニ付、乙ケ崎へ上り、九つ時ニ
       成ル中嶋村泊り之先触出申候、七つ
       時過中嶋村へ着、
           昼    乙ケ崎村肝煎
                   源右衛門
           泊り   中嶋村
                   喜左衛門
       中嶋村文左衛門旅宿へ見舞、海鼠
       壱袋貰申候、
 
    一、廿一日 西風雨ふり時々日出ル
       中嶋村朝五つ時出立、田鶴浜村へ
       四つ時、山中ニ而九つ時ニ相成、北極
 
○      高度を見申候而、九つ半時所口へ    画像  翻刻トップ  画面トップ
       着、昼後久三郎、四郎兵衛所口町所へ
       見物ニ出申候、
           昼    所口府中町三津屋
           泊共        太左衛門
         但、いなか道ニ付自分相対
         払宿料ニ御座候、宿料七百文渡、
 
    一、廿二日 西風雨ふり時々日出ル
       朝六つ時過出立、九つ半時飯山村
       ニ而北極高度ヲ測量、八つ半時頃
       子浦へ着、
          昼   飯山村組合頭
                    惣右衛門
          泊り  子浦村木綿屋
                    嘉十郎
 
○   一、廿三日 西風雨ふり    画像  翻刻トップ  画面トップ
       朝六つ時前出立、氷見ニ而九つ半時、
       放生津暮合ニ及、夜五つ時頃帰宅、
          昼   氷見田中屋
                   太左衛門
           但、伏木ニ而夕方ニ相成、夜
           五つ時頃ニ帰宅、
        
      九日ゟ廿三日迄出入共
       日数〆十五日
 
○    小紙    画像  翻刻トップ  画面トップ
     鳳至郡時国村地許振分為御用私罷越
     申、往来人足自分雇ニ仕罷越申候間、別紙
     道程書を以御割符被仰渡被下候様、小紙
     を以奉願上候、以上、
       申
        十月       石黒藤右衛門
       御改作方
         御郡御奉行所
 
        鳳至郡時国村地許振分為御用、私上
        下三人当八月八日高木村発足、同廿二日
        罷帰、道程日数之覚
    一、三拾七里拾壱町    高木村ゟ鳳至郡
                 時国村迄道程
 
○   一、三拾七里拾壱町    鳳至郡時国村ゟ    画像  翻刻トップ  画面トップ
                 高木村迄
     〆七拾四里弐拾弐町
    一、十五日       日数
     右之通ニ御座候間、御扶持方代等御
     割符被仰渡可被下候、最前中勘銀請取
     申候、以上、
       天保七年十月    射水郡年寄列
                    石黒藤右衛門
       御改作方
         御郡御奉行所
 
○       覚    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、八拾九匁七分九厘   文銀
     右先達而能州時国村道程銀御渡、
     御改作所ゟ相達指上申候間、相届
     候段可被仰下候、以上、
      申        吉田屋
       十一月廿二日    小右衛門
        
        石黒藤右衛門様
 
○       覚    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、白銀壱枚     射水郡
                 石黒藤右衛門
     右先達而時国村論所絵図面相調
     候、為骨折遣之候ニ付、指進申候間、
     御渡被成候様致度候、以上、
      申十二月     礒松森右衛門 印
               原篠六郎右衛門 印
       御郡奉行中様
 
     此別紙之通り被仰付候旨、則白銀壱
     包御渡、受取指上候様被仰渡候ニ付、
     別紙草案之通り相調御達申
 
○    上置候間、為御承知申上候、尚相届    画像  翻刻トップ  画面トップ
     候段重便ニ御申越可被下候、以上、
      申
       十二月廿八日   手附棟取
                  小右衛門
        高木村
         久三郎様
 
        覚
    一、白銀壱枚     射水郡
                 石黒藤右衛門
     右私祖父藤右衛門義、先達而時国村
     論所絵図面相調候、為骨折被下
     之難有奉請取候処如件、
      申十二月      高木村
                  久三郎 印判 
       御改作方
        御郡御奉行所
 
○    草高    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、百弐拾六石壱斗     御私領
        定免六つ弐歩      時国村
       内
        拾弐石九斗九升七合   曽々木居屋敷高
       残而
        百拾壱石壱斗三合    藤左衛門等持高
       〆
     草高
    一、弐百弐拾九石弐斗三升  御預所
                    時国村
       内
        拾弐石九斗九升七合   曽々木居屋敷高
       残而
        弐百拾六石弐斗三升三合 左門等持高
       〆
     右両時国村高之内分高
    一、弐拾五石九斗九升四合  御私領
                  御預所曽々木入合高
       但、御田地無御座、居屋敷、塩浜并山地
       有之、両曽々木入合
            家数百軒計 内 四十三軒 御私領
                    六十二軒 御預所
 
表紙   天保七年    画像  翻刻トップ  画面トップ
 
     小遣帳
 
      申八月   四郎兵衛
 
     八月九日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、壱貫文          正銭
     同日
    一、壱貫六百三拾文      子浦ニ而 
                   金壱歩
     同十一日
    一、壱貫六百五拾文      富来ニ而
                   金壱歩
     同十二日
    一、壱貫六百七拾文      輪嶋ニ而
                   金壱歩
     〆
      五貫九百五拾文
 
     同十九日
    一、壱貫六百七拾文      宇セつ
                   金壱歩
     同廿日
    一、壱貫六百七十文      中居
                   金壱歩
 
○   一、壱貫六百八拾文      七尾ニ而    画像  翻刻トップ  画面トップ
                   金壱歩
    一、八百拾五文        子浦ニ而
                   弐朱
    一、壱貫六百八拾文      氷見ニ而
                   金壱歩
    一、八百拾五文         時国ニ而請取
     〆拾四貫弐百八拾文
      内
       六貫四百九十弐文    宿継行戻り人足賃銭
       弐貫三百八拾四文    宿料御用払〆
        但、時国村藤左衛門方□不仕候
       四百九十文       昼所茶代
       七百文         所口町相対諸払
       壱貫文         久三郎 三崎廻り宿払等〆
       三貫弐百文       所々小遣払
       〆
 
○    八月九日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、三拾文          放生つ□□す
    一、三拾文          六渡寺
    一、弐拾五文         山下わたし
    一、拾弐文          柳田茶代
    一、百文           氷見田中や
    一、拾弐文          わらし
    一、拾弐文          人足まし
    一、五拾文          こうおりさと
    一、三拾文          なし
    一、五文           中村茶代
    一、五文           山ノ上り立
 
○   一、五文           山中ニ而    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、拾弐文          たはこ
    一、百三拾八文        氷見人足
                      まし
    一、拾五文          □不足
     同十日
    一、四拾文          子浦 酒弐合
    一、拾文           わらし
    一、五文           はくい使  
    一、拾文           たはこ
    一、五文           茶代
    一、百文           川尻ニ而
                   中飯、茶代
 
○   一、拾文           茶代等    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、廿五文          酒等
    一、拾弐文          わらし
    一、弐拾七文         なし等
    一、拾文           ふくうら
                   茶代
     同十一日
    一、百三拾文         とうふき一束
    一、弐拾八文         色小遣
    一、拾文           たはこ
    一、五文           茶代
    一、五拾文          中飯、茶代
 
○   一、拾弐文          わらし    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、拾文           □不足      
     同十二日
    一、八拾文          御座弐枚
    一、三拾文          せめひん薬
    一、五拾文          中飯、茶代
    一、五文           □不足
    一、拾五文          たはこ
     同十六日
    一、五百文          時国ニ而御渡し
     〆壱貫六百六拾文
 
○    同十八日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五拾文          中飯、茶代
    一、六文           □不足
     同十九日
    一、弐百文          重蔵へ
    一、拾文           たはこ
    一、拾文           わらし
    一、八文           人足まし
    一、五文           □不足
    一、三拾文          中飯、茶代
     同廿日
    一、六文           わらし
    一、三拾文          中飯、茶代
 
○    同廿一日    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、拾五文          たはこ    
    一、三百三拾文        七尾ニ而色買物
    一、七百文          前泊りちん
    一、拾文           わらし
     同廿二日 
    一、六文           たはこ
    一、五文           わらし
    一、百文           酒肴代
    一、三拾文          中飯、茶代
    一、八文           人足まし
    一、五文           小不足
    一、七拾五文         筆さし
                   酒
     同廿三日
    一、拾文           わらし
 
○   一、五文           ふか□茶代    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、五拾文          酒肴代渡ス
    一、百三十八文        子浦人足
                   まし
    一、百文           氷見田中屋
    一、六文           わらし
    一、弐拾文          色小遣等
    一、五文           大田茶代
    一、三拾文          氷見人足
    一、拾弐文          伏木人足
    一、六拾文          生くわし
                      廿
 
○   一、三拾文          六渡寺わたし    画像  翻刻トップ  画面トップ
     〆弐貫百拾文
    一、八百拾五文        時国ニ而
                   久三郎様御渡
     三口
      〆四貫五百八拾五文    小遣帳
       外ニ
        〆四百九十弐文    人足賃
                  
       又 百三拾文      放生津、伏木      
                   人足江酒代
       又
       〆弐貫三百八拾四文   宿料
 
○      〆拾三貫五百九十一文    画像  翻刻トップ  画面トップ
        内
         六百廿六文     有之
       小不足等六十三文    有之
       〆
 
     申八月九日能州行    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、金弐両   宅ゟ請取
    一、銭壱貫文  同
     〆  翻刻トップ  画面トップ