射水市新湊博物館/高樹文庫「石黒信由関係資料」

石黒信由関係資料

2 越中・加賀・能登

(3) 加賀

② 河北郡の絵図


主図no史資料名史資料記号
(目録番号)
原本画像目録翻刻現代語訳
絵図[1][下図]「河北郡木越村絵図」(文化六年)三(一)C79画像目録--
古文書[2][日記]「河北郡木越村御検地御用留帳」文化六年二月十九日二(二)71画像目録翻刻-
[3][記録]「河北郡木越村御検地一巻入(文書)」文化六年四月等二(二)74画像目録--



[1][下図]「河北郡木越村絵図」(文化六年)
 
3-1-C79  [目録 三(一)C79]
 
--------------------------------------
 
[2][日記]「河北郡木越村御検地御用留帳」文化六年二月十九日 [翻刻]
 
2-2-0071_00  [目録 二(二)71]      画面トップ
 

表紙   文化六年    画像  画面トップ
 
    河北郡木越村御
    検地御用留帳
 
     巳      高木村
      二月十九日   藤右衛門
 
1           高木村    画像  翻刻トップ  画面トップ
             藤右衛門
           西広上村
             四郎右衛門
     右之者共河北郡検地縄張人
     御用ニ候条、当廿日拙者共役所迄
     罷出候様可申渡候、若当病等ニ而
     指支之義有之候者急速可及案内
     候、以上、
      巳
       二月十四日  半井用左衛門 印
              杉本権兵衛  印
            中川村
              善左衛門方 
            下条村
              文左衛門方
      当廿日役所へ不遅罷出候様可申渡
      候、以上、
 
2     別紙之通被仰渡候間、早速出府    画像  翻刻トップ  画面トップ
     定検地役所へ当廿日ニ罷出可被申候、以上、
      二月十五日     下条村
                  文左衛門
            高木村藤右衛門殿
     河北郡木越村検地為御用
     召連候条、当廿日役所迄可罷出
     候、以上、
      巳二月     杉本権兵衛 印
              内藤半蔵  印
           射水郡高木村
               藤右衛門
 
    一、巳二月十七日下条へ罷出、同十九日ニ    画像  翻刻トップ  画面トップ
       出府仕、当廿日役所罷出候義案
       内ニ罷出候、
    一、同十八日、上伏間江村甚右衛門方ニ泊り、
       十九日ニ四郎右衛門同道ニ而金沢へ着
       仕候、荷物之義ハ平助ニ為持金沢
       へ直クニ相届候、同廿一日ニ平助義
       宅へ罷帰り申候、
       金沢下今町鶴屋平吉ニ旅宿ニ
      仕候、
 
    一、同廿日定検地御役所へ罷出候処、
       木越村御検地縄張人御用之義
       被仰渡、且又右村当時領内三ケ一も
       水込ニ相成居候段村方ゟ及案内
       候ニ付、日限之義追而可申渡、且又廿二日
 
3       役所へ罷出候様被仰渡御座候、    画像  翻刻トップ  画面トップ
    一、同廿一日 雪三寸計降申候、
    一、同廿二日 天気 御役所へ罷出候所、
       当廿六日ニ木越村へ御指向之旨被
       仰渡ニ御座候、右木越村御検地之
       義ハ 御上御様子被為在候趣ニ
       御座候ニ付、其方共両人縄張人ニ
       申渡候間、随分入情ニ相勤可申旨
       等被仰渡御座候、尚更気付候事も
       御座候ハヽ無泥申聞候様被仰渡
       御座候、尤御申渡杉本様、内藤様ニ
      御座候、
 
    一、同廿三日 天気
 
    一、同廿四日 天気 御役所へ罷出候処、    画像  翻刻トップ  画面トップ
       当廿六日六つ半時出立いたし候間、村方へ
       直クニ相向候様被仰渡御座候、
 
    一、同廿五日 天気
      草高     南森下村金右衛門組
     一、千四百八拾石   河北郡木越村
          定免六つ五歩
         領付村々
        大浦村 千田村 今村
        千木村 八田村 飛地字妻田
      延宝二年新開高
     一、拾石九斗弐升    木越村領
         定免五つ五歩
      延宝元年新開高御図り免
     一、四拾八石壱斗五合  同村領
 
4      延宝五年新開高    画像  翻刻トップ  画面トップ
     一、九拾八石      木越村
         御図免     大場村領
      天和三年新開高 
     一、六百六拾弐石    大場村領
         御図り免
      定検地御奉行
           杉本権兵衛殿
           内藤半蔵殿
               旅宿七郎右衛門方
      御竿捕、麻木指人足軽
               高橋平助
               小原永吉
               山田庄助
               〆 旅宿九郎兵衛方    画像  翻刻トップ  画面トップ
      折役御扶持人
          新川郡 新堀村半三郎
          珠洲郡 折戸村源助
               〆 旅宿藤右衛門方
      縄張人
          射水郡 高木村藤右衛門
          同   西広上村四郎右衛門
               〆 旅宿六兵衛    
      河北郡御扶持人
           組付 南森下村金右衛門
              御所村長次郎
              酒見村八三郎
 
5              北川尻村市十郎    画像  翻刻トップ  画面トップ
      新田才許人
              大熊村兵三郎
              潟端新村直助
               〆 旅宿南城堂場
                    忠兵衛方
                木越村肝煎
       肝煎藤兵衛義指控    藤兵衛
       ニ而御検地之間出不  組合頭
       申候、尤諸書物ニも   七郎右衛門
       名前出不申候事    同
                    六兵衛
                  同
                    伊左衛門
               相帳 木越村百姓
                    小左衛門
               同  同村藤右衛門せかれ
                    八郎右衛門
 
    一、同廿六日 天気 西風吹    画像  翻刻トップ  画面トップ
       朝六つ時金沢出立ニ而木越村へ
       着仕候、御奉行様ヲ初皆々
       御越御座候、昼後縄張人誓詞、
       夫ゟ御奉行衆御家来并百姓
       中、領境役人等御誓詞御見届
       御座候、
 
    一、同廿七日 天気
       昼前領境廻り御見分、昼後
       西領ゟ北領迄廻り分間仕、七つ
       時ゟ下絵図相調申候、御改作御奉行
       大村友右衛門殿御出役、
 
    一、同廿八日 天気
       北領ゟ東南西迄領境廻り分間、
       不残相仕廻り、七つ時ゟ領之内
 
6       道、川筋等分間仕候、    画像  翻刻トップ  画面トップ
 
    一、同廿九日 雨降
       昨廿八日之廻り分間野帳之通り
       下絵図相調、七つ時過ゟ又々
       領内之江筋等分間仕候、則
       夜中右下絵図相調申候、
 
    一、同晦日 天気
       昼前御本則角縄張分間、
       東西南北四ケ所ニ標ヲ立
       見通等相済申候、
       昼後壱番之大角縄
       南西北三方張縄相済、
 
    一、三月朔日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
       大角東ノ縄張済、夫より
       東ノ縁端并小角縄等張
       申候、北ノ方も張縄仕候、  
       御改作御奉行千羽彦大夫殿
       御出役、
 
    一、同二日 時々雨
       壱番大角縄打初、拾六番
       縄迄打立相済、
       此日暮六つ時頃ゟ金沢大衆免
       火事、家数四、五百軒計も焼失
       仕由、夜四つ時過ニ火相鎮申候、
 
7    一、同三日 天気 北風    画像  翻刻トップ  画面トップ
       大角ノ北拾七番ゟ三拾三番
       迄縄張打立兼滞ニ而相済
       申候、
       御改作御奉行荻原源太左衛門殿
       御出役、
 
    一、同四日 北風 雨降
       大角ノ西三拾四番ゟ千田村
       前四拾九番迄、縄張跡ゟ
       打立相済申候、
 
    一、同五日 北風
       大角ノ南五拾番ゟ六十四番
       捨縄迄縄張跡ゟ打立
       御座候而打立、不残相済、    画像  翻刻トップ  画面トップ
       申候、御改作御奉行   
       大村友右衛門殿御出役、
 
    一、同六日 天気
       壱番大角縄之内抜物、江川
       道等御打立弐手合ニ被成候、
       杉本様御手合、縄張四郎右衛門、
       竿捕足軽小原永吉、山田庄助、
       折役折戸村源助、
       内藤様御手合、縄張人藤右衛門、
       竿捕足軽高橋平助、麻指人ハ
       森下手代九郎助相勤申候、
       折役新堀村半三郎、
       此日野合ニ弁当、
 
8    一、七日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
       壱番大角之内抜御打立
       御座候、尤壱手合ニ而御座候、
         但、昨六日弐手合被成候処、
         足軽竿捕竿目少与
         不正も有之様子ニて
         壱手合ニ相成申候、
       御改作御奉行千羽彦大夫様
       御出役、
 
    一、八日 曇天
       壱番角之内抜物御打立
       相済、四郎右衛門出役仕候、
       藤右衛門下絵図昼前相調、
       旅宿ニ罷在申候、
 
    一、同九日 北風    画像  翻刻トップ  画面トップ
       東領弐番縁端ゟ四拾番
       迄抜物御打立、藤右衛門出
       役仕候、
       四郎右衛門義領内道筋、川筋之
       分間ニ人足三人召連罷出候、
 
    一、同十日  天気
       四拾番ゟ五十七番迄抜物
       打立、四郎右衛門出役仕候、
       藤右衛門絵図相調申候、
 
    一、同十一日  大雨
       五十七番ゟ六十四番迄
       抜物御しらへ打立、昼前
 
9       江道畔等御打立相済、    画像  翻刻トップ  画面トップ
       昼後ゟ折畑御見分御座候
       而御打立相済申候、藤右衛門
       出役、
       四郎右衛門絵図相調申候、
 
    一、同十二日  曇天
       昼前折畑之分御打立
       并畝田御見分之上、畝田
       之歩数大凡見計可申旨
       被仰渡、大数見図歩数
       書縄々々ニ書上申候、尤
       溝引之義 ハ御奉行衆
       見図被遊候事、
       昼後抜物帳読合御    画像  翻刻トップ  画面トップ
       座候、
 
    一、同十三日  天気
       領絵図三枚書入相済
       申候、
 
    一、同十四日  同
       右絵図三枚、御組付南盛
       下村金右衛門殿へ上ケ申候、
 
    一、同十五日  曇天
       抜物相調方被頼弐冊
       夜七つ時過迄出来、同十六日
       ニ 金右衛門殿相調申候、
 
10   一、同十六日  雨降    画像  翻刻トップ  画面トップ
       御奉行様ヲ初出役人々不残
       木越村ゟ金沢へ罷帰申候、
      一、扨木越村役人、百姓中ゟ低段地
        七万歩余之内壱万五千歩折捨歩、
        金くさり川幅弐間余堀広ケ
        并干場之義舟附申場所
        指除申事、此三ケ条之分
        引物ニ被仰付候様相願申候而、
        此度之御検地ニ拘り不申義ニ候
        間、追而願出候様等之趣、
        自郡御扶持人中ゟ段々御申
        渡等御座候得共、承引不仕候、
        此願御聞届無御座而者
        順道書付上不申候義申出    画像  翻刻トップ  画面トップ
        候ニ付木越村役人中ゟ此度
        御検地、縄張、竿目、抜物等之
        義申分無御座候得共、右三ケ条
        願御聞届無御座而ハ、順道書付
        難指上と申、書付御取立ニ
        昼八つ時頃木越村
        而、御出立御座候而、七つ時過
        金沢へ着御座候、 
 
    一、同十七日  少々雨
        佐久間様、杉本様、内藤様御宅へ
        御見舞申候、松波、新堀、折戸
        之旅宿へも見舞申候、
 
11   一、同十八日  曇天 八つ時過雨    画像  翻刻トップ  画面トップ
        定検地御役所罷出候処、右一件
        相済申迄逗留可仕旨被仰渡
        御座候所、八つ時頃御紙面を以両人
        共検地方御用相済候間、勝手
        次第帰村可仕旨被仰渡御座候、
        則紙面鍋屋五郎左衛門旅宿へ相届、
        御改作所ゟ御用ニ候間、罷出候様
        申聞候ニ付、御改作所へ罷出候、
       一、御改作御奉行様方御列座之上、
         御申渡御座候、
          其方共両人今般河北郡木越村
          検地縄張人大ニ出情いたし
                 定検地奉行中ゟ委細承候、
          あり心通之義、大義之至り候、
          順道書付等詮義之義ハ
          暫ク猶予いたし候ニ付、帰村
          申渡候、猶更御用之義御座候得ハ、    画像  翻刻トップ  画面トップ
          重而可申遣、左様相心得候様と、
          長々太義之至り候与被仰渡候
          ニ付御暇申上候、罷帰申候、
          右御申渡ニ付、御改作所御暇申上候而、
          直クニ杉本様、内藤様、佐久間様御宅へ
          御暇ニ罷上り申候、最早七つ時半過ニ
          相成申候、
 
    一、同十九日  雨
         金沢旅宿六つ半時出立ニ而、
         暮合ニ帰宅仕候、扨両人荷物之義ハ
         金沢ゟ今石動福町橋爪吹田屋
         徳兵衛方迄人足ニ為持、賃銭相払
         申候、翌廿日ニ徳兵衛方ゟ家来取ニ
         遣申候、
 
12         御検地御用日数    画像  翻刻トップ  画面トップ
       二月廿日ゟ廿五日迄
      一、六日    金沢逗留  廿日役所へ罷出
                        候後
       同廿六日
      一、壱日   村方等御誓詞御見届      
       同廿七日昼前
      一、半日    木越村領境廻り御見分
       同昼後ゟ同廿九日迄
      一、二日半   領境廻り分間并下絵
              図相調申候、
               但、夜中懸テ下絵図相調申候、
       同晦日昼前
      一、半日    御本則縄張分間
       同昼後ゟ三月五日迄之内
      一、三日半    領中打縄張立        
       三月二日ゟ同五日迄之内    画像  翻刻トップ  画面トップ
      一、二日     右御打立
       三月六日ゟ十二日迄
      一、七日    抜物并折畑御打立
       同十三日ゟ十六日迄
      一、四日    右村領絵図并諸帳面
              等相調、十六日ニ金沢へ御帰り
      一、二日    金沢逗留
        〆二十九日  外道中二日
                    都合三十一日也
           内
            十九日   木越村御検地方ニ相懸ル
            十日    逗留并道中也
             〆
 
          右村分間領絵図    画像  翻刻トップ  画面トップ
      一、壱枚       定検地所
      一、壱枚       改作所
      一、壱枚       御組附南森下村
                      金右衛門殿
        〆三枚     相調南森下村金右衛門殿へ相渡、
                但、御奉行様御内覧之上ニ而、
            外ニ
              二枚  御出役御奉行様へハ四郎右衛門
                  方ニ而相調跡ゟ上申候、 
      一、弐冊       打立野帳
      一、弐冊       抜物打立野帳
      一、弐冊       畑折帳    画像  翻刻トップ  画面トップ
         右折目ヲ上ニなし、野帳ニ之通
         相調、村役人并相帳付人之名前、
         御奉行衆所ニ而組付十村御扶持人
         奥書を以上申候事、
         右分間絵図も組付十村出役
         御扶持人奥書仕申候、
 
          覚
       弐人分
      一、三斗     白米 但、巳二月廿六日昼ゟ
                  三月十六日昼迄
         代弐貫弐百五十文
        弐人分
      一、八匁     宿賃 二月廿六日ゟ
                  三月十六日迄
         代八百文
 
14      〆三貫五十文    画像  翻刻トップ  画面トップ
          内  
         三百文     絵具代取かへ
         三貫四百文  金子弐歩相渡
          〆三貫七百文
       指引して
          六百五十文 過
           内
             八十五文  金沢ゟ木越村迄
                   人足四人分持賃銭
           残
             五百六十五文 鶴屋平吉向
             〆
             右木越村六兵衛方算用、
 
           覚    画像  翻刻トップ  画面トップ
      一、弐百拾七匁   御雇銀
         右私共河北郡木越村御検地縄張人ニ
         罷出候御雇銀御渡慥ニ請取申候、
         以上、
            巳六月    高木村
                     藤右衛門
                   西広上村
                     四郎右衛門
             中川村
               善左衛門殿  翻刻トップ  画面トップ
 


[3][記録]「河北郡木越村御検地一巻入(文書)」文化六年四月等
 
2-2-0074_00  [目録 二(二)74]