射水市新湊博物館/高樹文庫「石黒信由関係資料」

石黒信由関係資料

2 越中・加賀・能登

(2) 越中

⑦ 新川郡の絵図


主図no史資料名史資料記号
(目録番号)
原本画像目録翻刻現代語訳
絵図[1][清図]「新川郡室山村大浦村東福寺村領室山野新開所切分領絵図」文化十三年八月三(一)BⅣ41画像目録--
[2][下図]「新川郡室山野新開所切分領下絵図」(文化十三年)三(一)BⅣ42画像目録--
古文書[3][日記]「新川郡室山野小椿野分間絵図御用覚帳」文化十二年七月二(二)188画像目録翻刻-
[4][記録]「新川郡室山野新開所地面切分ケ高数書上ケ申帳」文化十三年八月二(二)222画像目録--
[5][野帳]「室山野惣廻分間野帳并野ノ内野境道筋等分間共」文化十二年八月二(二)193画像目録--
[6][野帳]「野ノ内道筋分間」(文化十二年)乙亥七月二十六日二(二)1247画像目録--
[7][記録]「新川郡室山野惣廻境筋并古田境等分間番杭帳」文化十二年八月二(二)190画像目録--
[8][日記]「新川郡室山野御開所地面切渡し方御用留帳」文化十三年七月八日二(二)217画像目録翻刻-
[9][野帳]「室山野ノ内用水江筋分間野帳」文化十三年七月十日二(二)218画像目録--
[10][記録]「室山野新開高開発入百姓等持高帳」文化十三年八月二(二)221画像目録--



[1][清図]「新川郡室山村大浦村東福寺村領室山野新開所切分領絵図」文化十三年八月
 
3-1-BIV41  [目録 三(一)BⅣ41]
 
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[2][下図]「新川郡室山野新開所切分領下絵図」(文化十三年)
 
3-1-BIV42  [目録 三(一)BⅣ42]      画面トップ
 
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[3][日記]「新川郡室山野小椿野分間絵図御用覚帳」文化十二年七月 [翻刻]
 
2-2-0188_00  [目録 二(二)188]      画面トップ

 
表紙   文化十二年乙亥七月    画像  画面トップ
   
    新川郡
     室山野
     小椿野 分間絵図御用覚帳
 
           石黒藤右衛門
 
1    室山野、小椿野分間        画像  翻刻トップ  画面トップ
    絵図方御用之覚
 
  一、七月廿五日  雨
     昨廿四日新川郡小林村宗兵衛殿
     ゟ飛脚書状ニ而呼ニ参り
     申候ニ付、右飛脚之者自宅ニ
     泊メ、廿五日早朝宅出立、   
     七つ時頃室山野御小屋へ
     着、泊り、
 
  一、同廿六日  天気
 
2     用水野へ入口壱番杭ゟ    画像  翻刻トップ  画面トップ
     野ノ内道筋分間、但し
     昼前ハ分間之分等、主付人
     ゟ聞合、昼後大浦村伊右衛門、
     主付人ノ内又三郎磁石ヲ見
     申候、外ニ人足六人、
 
  一、同廿七日  天気
     野ノ内室山村古田分間
     仕候、
 
  一、同廿八日  同
     野ノ内大浦村領新開高、
     上野与唱申場所分間、
 
  一、同廿九日  同    画像  翻刻トップ  画面トップ
     野ノ内室山村、大浦村、
     東福寺村野境筋
     分間、
 
  一、八月朔日  雨
     小椿野分間ニ罷出申候、
     尤朝過主付沼保村幸右衛門殿、
     神田村小左衛門殿旅宿、大浦村
     徳兵衛方立寄、野境等之
     義御相談御座候而、夫ゟ
 
3     升方村へ罷出、小椿野一番    画像  翻刻トップ  画面トップ
     杭ゟ四拾番杭迄、昼前迄
     分間仕候処、境筋之義ニ付
     相談有之ニ付休、明二日幸右衛門殿、
     金山谷村文右衛門方御出被成、
     境筋相談相済申候、
       相見 神田村小右衛門殿
       下役人 滑川太郎右衛門
       外ニ村々役人
         人足六人
       右分間之間、
 
  一、同二日 曇天
     四十五番ゟ百拾四番迄
     分間、
 
  一、同三日 大雨洪水     画像  翻刻トップ  画面トップ
     朝金山谷旅宿ゟ升方村
     領迄罷越候所、大雨ニ而分
     間相成不申候ニ付罷帰候所、
     門川洪水ニ而金山谷村へ
     引事相成不申ニ付、升方村ニ
     泊り申候、
 
  一、同四日 天気
     藤右衛門義夜中頃ゟ喰滞之
     気ニ相滞、升方村文右衛門方ニ
     止宿、伊右衛門等罷出、升方村
     ノ上分間仕候、
 
4  一、八月五日 雨    画像  翻刻トップ  画面トップ
     藤右衛門昼前ハ文右衛門方ニ休
     居申候、伊右衛門等ハ昼前
     升方村ノ南分間いたし候、
     昼後藤右衛門等千歩ケ原
     ヘノ用水江筋分間仕候、
     金山谷村ニ泊り、
     神田村小右衛門殿五日昼ゟ
     帰宅被成候、
 
  一、同六日 雨
     此日大雨ニ付、昼前藤右衛門
     小椿野下絵図引懸り申候、
     昼後雨晴申ニ付、千歩ケ    画像  翻刻トップ  画面トップ
     原分間ニ罷出相済申候、
 
  一、同七日 天気
     藤右衛門下絵図相調申候、
     伊右衛門、太郎右衛門莎ケ沢分
     間昼前相済、昼後伊右衛門
     右下絵図相調申候所、絵図
     合不申ニ付絵図見直しニ罷出候、
 
  一、同八日 同
     藤右衛門下絵図相調申候、
     伊右衛門莎ケ沢見過ニ付、
     又見直しニ罷出候、
 
5  一、同九日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
     上絵図弐枚墨引彩色
     相済、
 
  一、同十日 同
     右上絵図書入等相済、
 
  一、同十一日 小雨
     朝飯後、金山谷村文右衛門方
     出立、大浦村徳兵衛方罷越、
     小椿野絵図弐枚沼保村
     幸右衛門殿へ上ケ申候、夫ゟ
     室山野御小屋へ罷越、
     昼後ゟ室山野下絵図
     調懸申候、    画像  翻刻トップ  画面トップ
 
  一、同十二日 同
     藤右衛門下絵図相調申候、
     伊右衛門大浦、室山野廻り
     端等境分間、但小林御手代
     文三郎境杭打被申候
 
  一、同十三日 七つ過ゟ雨
     藤右衛門下絵図相調申候、
     伊右衛門義大浦、室山野
     境見直し申候、
 
  一、同十四日 雨風
     野境不相分場所有之
 
6     ニ付、八田村作之丞殿、粟嶋    画像  翻刻トップ  画面トップ
     村藤五郎殿伜并藤右衛門、
     伊右衛門、下役栃山村孫右衛門、
     手屋(タヤ)村又三郎同道ニ而
     境目相見分仕候、右不分
     明之所小林村宗兵衛殿方へ
     内分紙面被遣候、
 
  一、十五日 天気
     大浦村、室山村右不相分
     所、境目埒明申ニ付、小林
     御手代文三郎被罷出相
     見を以昼後分間いたし
     申候、
 
  一、同十六日 同
     昼前室山村領境百十番    画像  翻刻トップ  画面トップ
     杭ゟ百廿四番杭迄分間、
     昼後下絵図相調申候、
     伊右衛門昼後室山村飛
     地囲ノ田分間ニ罷出候、
 
  一、同十七日 南風吹
     藤右衛門義室山野下絵
     図相調済申候、伊右衛門ハ
     昨日囲ノ田分間不相当
     事有之ニ付、昼前囲ノ田
     分間仕直しニ罷出候、
     昼後右下墨引絵図
     いたし候、
 
7  一、同十八日 西風雨    画像  翻刻トップ  画面トップ
     御改作所上絵図壱枚相調、
 
  一、同十九日 雨
     野方主附中控絵図
     壱枚相調申候、八田村
     作之丞殿へ上ケ申候、
 
  一、同廿日 北風雨烈し
      室山野早朝出立、七つ時
      過帰着仕候、尤人足壱人
      荷物召連、宿ニ泊り
      翌廿一日相返ス、
     十九日ニ宅ゟ御役御用之御紙面
     飛脚助三郎室山野へ
     罷越ニ付、室山野御小屋ニ而    画像  翻刻トップ  画面トップ
     泊り、廿日同道ニ罷帰申候、
     大浦村伊右衛門同道ニ而罷越候
     所、東岩瀬ゟ富山之方へ
     相廻申ニ付、此元義ハ東岩瀬
     境渡し舟ニ而堀岡通り
     罷帰申候、
 
      〆弐拾五日
       内
        十三日  室山野
        十日   小椿野
        弐ケ日  道中
 
8     絵図并番杭帳上ル覚    画像  翻刻トップ  画面トップ
   小椿野
  一、壱枚  絵図  御改作所
  一、壱枚  同   主附控
  一、壱冊  右番杭帳
            御改作所
  一、壱冊  同   主附控
   〆
    右沼保村幸右衛門殿へ
    上ケ申候、八月十一日ニ上ル、
     但、帳面ハ滑川岡本屋
     太郎右衛門相調申候、鼠雌黄
     百五十文村方ゟ取、外絵具ハ藤右衛門    画像  翻刻トップ  画面トップ
     出申候、
 
     小椿野入合村々左之通
   高        小林宗三郎組
  一、三拾六石      升方(マスガタ)村
      免三つ六歩        寄肝煎
                   浅生村清兵衛
   高        同
  一、百七拾四石       早(ハヤ)月(ツキ)上(ウワ)野(ノ)村      
      免五つ          肝煎久五郎
   高        同
  一、七百六拾七石      吉(ヨシ)野(ノ)村
      免五つ五歩        肝煎半兵衛
   高        同  
  一、七拾八石        川(カワ)縁(フチ)新(シン)村
      免三つ六歩        肝煎市右衛門
   高        同
  一、三拾七石        早(ハヤ)月(ツキ)川原(カワラ)村
      免四つ七歩        肝煎七郎右衛門
9   高        同    画像  翻刻トップ  画面トップ
  一、百五拾六石       浅生(アソウ)村
      免五つ九歩        肝煎清兵衛
   高        沼保村幸右衛門組
  一、弐百弐拾六石五斗    金(カナ)山谷(ヤマタニ)村
      免五つ五歩        肝煎文右衛門
    〆 七ケ村
 
      右野境領付村々
   高
  一、百三拾九石弐斗     有(アリ)山(ヤマ)村
      免三つ          寄肝煎 
                    浅生村清兵衛
     高
  一、百五拾七石       升(マス)田(ダ)村
      免五つ          肝煎忠左衛門
    〆    画像  翻刻トップ  画面トップ
         小椿野主附 
            新川郡御扶持人
                   沼保村幸右衛門
            同  山廻り神田村小左衛門
               下役人
                  滑川岡本や
                    太郎右衛門
 
10       室山野絵図并番杭帳上ル覚    画像  翻刻トップ  画面トップ
  一、壱枚  絵図  御改所へ上ル
  一、壱枚  同   主附方控
  一、壱冊  番杭帳 御改所へ上ル
  一、壱冊  同   主附方控
   〆右八月十九日、八田村作之丞殿へ
    相渡申候、
      但、野帳面ハ下役手屋村又三郎
      為相調申候、絵具ハ藤右衛門ゟ
      出申候、
 
       室山野領付村々
   高         小林村宗三郎組    画像  翻刻トップ  画面トップ
  一、五拾四石         室山(ムロヤマ)村
 
      免四つ九歩        寄肝煎
                   森野村宗右衛門
                   組合頭平兵衛
   高         同組
  一、四百四拾四石       大浦村
      免五つ四歩        肝煎助七郎
    高
  一、弐百四拾壱石       東福寺村
      免三つ七歩        肝煎理右衛門
   〆三ケ村
 
11      室山野主附    画像  翻刻トップ  画面トップ
         新川郡新田才許人
             粟嶋村藤五郎
         同    
             小林村宗兵衛
         河北郡新田才許人
             八田村作之丞
             下役人
         新川郡
             石割組手屋村
                   又三郎
             石仏組栃山村
                   孫右衛門
             小林組安田村
                   彦右衛門
         石川郡辰巳村       画像  翻刻トップ  画面トップ
                   市郎右衛門
            〆
          小林村宗三郎手代
                 黒川村次兵衛
          八田村作之丞手代
               今石動町
                 喜右衛門
     〆右人々諸事之世話
      いたし申候、  翻刻トップ  画面トップ
 

 
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[4][記録]「新川郡室山野新開所地面切分ケ高数書上ケ申帳」文化十三年八月
 
2-2-0222_00  [目録 二(二)222]      画面トップ
 
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[5][野帳]「室山野惣廻分間野帳并野ノ内野境道筋等分間共」文化十二年八月
 
2-2-0193_00  [目録 二(二)193]      画面トップ
 
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[6][野帳]「野ノ内道筋分間」(文化十二年)乙亥七月二十六日
 
2-2-1247_00  [目録 二(二)1247]      画面トップ
 
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[7][記録]「新川郡室山野惣廻境筋并古田境等分間番杭帳」文化十二年八月
 
2-2-0190_00  [目録 二(二)190]      画面トップ
 
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[8][日記]「新川郡室山野御開所地面切渡し方御用留帳」文化十三年七月八日 [翻刻]
 
2-2-0217_00  [目録 二(二)217]      画面トップ
 

表紙   文化十三年    画像  画面トップ
        丙子
         七月八日
 
    新川郡室山野御開所
    地面切渡し方御用留帳
 
           石黒藤右衛門
 
1   一、七月八日  天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
      此日沼保村次郎左衛門殿、石仏村
      十右衛門殿、内嶋村小豊次殿、 
      粟嶋村藤五郎殿、小林村宗兵衛殿 
      出勤被成候、此元義も早朝
      宅出立、七つ時頃室山
      御小屋へ着、
 
   一、同九日  同
      室山野高図り領附今日
      弐分渡し高并江筋村々
      渡し高等高図り仕候、
 
   一、同十日  同
 
2      室山野開所之間、江筋    画像  翻刻トップ  画面トップ
      分間仕候、
 
   一、同十一日 天気
      右同断、但江筋分間
      相済、八田村作之丞殿
      御出勤被成候、
 
   一、同十二日 同
      内嶋村小豊次殿与同道
      ニ而早朝出立、小杉ニ而
      相分り、七つ時過着仕候、
      尤沼保、石仏等へ此日
      御帰り之由ニ御座候、
      八田村作之丞殿ハ分間中も
      御小屋ニ御座候、
 
   一、同十八日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
      早朝出立ニ而七つ時頃
      室山野御小屋へ着、尤
      荷物与三兵衛ニ為持参り、
      与三兵衛ハ翌十九日ニ相返し
      申候、
 
   一、同十九日 天気
      野開所江筋下絵図
      相調申候、十右衛門殿出勤、
 
   一、同廿日 雨
      野用水間数違之所々
      相しらへ、且堂山ノ下并
      大平与大日野与之境切分ケ
 
3      分間仕候、    画像  翻刻トップ  画面トップ
      次郎左衛門殿出勤、
 
   一、同廿一日 雨
      今度野切分ケニ付、右
      下絵図相調、是ニ江筋等
      書入申候、
      十右衛門殿早朝出立ニ而帰宅
      被成候、
 
   一、同廿二日 天気 但、七つ過
             頃少し
             時雨
      室山村古田五番ゟ十二番
      迄杭失申ニ付杭直し、 
      夫ゟ大日野堀ノ内境目杭、
      昼後ゟ萩ケ沢与千鳥御
      境杭、    画像  翻刻トップ  画面トップ
      沼保次郎左衛門殿相見、
 
   一、同廿三日 昼後
          雷大ニ鳴大雨
      昼前東福寺領之内野
      切分ケ境、
      昼後大平ラノ内切分境、
      十右衛門殿出勤、
 
   一、同廿四日 天気
      昼前かこい与大日野大平与
      境杭、但野百七番ゟ百十番迄
      杭改打、用水筋等土居之所
      次郎左衛門殿、十右衛門殿相見ニ而
      相定申候、
      昼後野用水人足図り
 
4      作之丞殿ハ江口へ水取入等    画像  翻刻トップ  画面トップ
      之義ニ付被罷出暮合ニ帰り、
 
   一、同廿五日 天気
      御改作御奉行広瀬欣左衛門様
      七つ時頃室山野御小屋へ
      御越御泊り、野御見分
      ニ付御扶持人中等夫々御案内
      ニ付、此元義も御供仕候、
      内嶋孫作殿御越被成候、
 
   一、同廿六日 同
      御奉行様早朝ニ御出立、
      用水一口迄御見分、折戸
      御昼ニ而上市御泊り、
      沼保次郎左衛門殿、石仏村
      十右衛門殿、八田作之丞殿
      出御案内、且内嶋孫作殿    画像  翻刻トップ  画面トップ
      御奉行様御供ニて直ニ
      舟倉野へ御越被成候、
      此元野ノ内御供仕
      罷帰り、朝過ゟ下絵図
      相調申候、
 
   一、同廿七日 天気
      昼前野ノ内用水江筋
      分間絵図壱枚相調、
      御奉行様へ上ル分、但飛
      脚ニ而舟倉野内嶋様
      之方へ為持遣候、
      昼後大浦等山ノ向
      等切分ケいたし候、
 
5   一、同廿八日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
      沼保次郎左衛門殿早朝出立
      被成候、
      東福寺古田境分間、杭しらへ
      一番ゟ廿三番迄并まむし谷、
      清水谷境分間、
 
   一、同廿九日 昼後雨
      石仏村十右衛門殿早朝出立
      ニ而帰宅被成候、
      東福字村前金跡谷囲ノ
      分間杭打、
 
   一、八月朔日 天気
      下絵図相調申候、
 
   一、同二日 同
      囲分間杭失申方ヘ出役    画像  翻刻トップ  画面トップ
      杭打、大浦前切分境杭
      打申候、
 
   一、同三日 同
      下絵図切分等相調、惣歩
      数しらへ図り、
 
   一、同四日 同 夕方ゟ大雨
           風夜九つ頃迄
      室山野切分絵図面を以
      歩詰高図り仕候、
      沼保村次郎左衛門殿出役、
 
   一、同五日 同
      切分絵図下引相調申候、
      彩色等ハ翌日いたし候、
 
6   一、同六日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
      絵図壱枚彩色仕、入百姓
      人々高渡り図り等被成候
      ニ付手伝仕候、
 
   一、同七日 同
      領付三ケ村弐分御渡之境
      ヲ立村方場所引渡し、
      次郎左衛門殿出役、十右衛門殿
      御小屋ニ而願人等之義御聞
      糺
   一、同八日 同
      宮地并大平五番之内、
      堤場所取、夫ゟ江筋分間
      等、入百姓望人之取集有之
 
   一、同九日 同    画像  翻刻トップ  画面トップ
      入百姓願人々くし取場所、
      渡り方しらへ書記、
 
   一、同十日 同
      入百姓人々江地面引渡、
      夫々指図ヲ以境目等申
      渡し、且又入百姓人々場所
      請取申上、御請書上申候、
      次郎左衛門殿早朝出立、御帰被成候、
 
   一、同十一日 朝四つ時頃迄小雨
      室山野地面切分高数書上帳、
      下書等いたし、且絵図書入
      等、
 
7   一、同十二日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
      石仏村重右衛門殿早朝出立ニ而
      帰村被成候、尤御郡廻り御用ニ而滑川
      迄御越、夫ゟ帰宅之由、
      絵図面切分書上帳下書
      并上り絵図墨引壱枚
      調懸申候、
 
   一、同十三日 同
      上絵図相調、尤墨引也、
 
   一、同十四日 同
      用水江筋手屋村又三郎下
      絵図相調申候分、上り上ミ下モニ
      弐枚墨引相調申候、
 
   一、同十五日 同
      室山野用水一口入口伊折村    画像  翻刻トップ  画面トップ
      迄見分罷出申候、尤同村
      三郎兵衛方ニ中飯、江上村喜三右衛門、
      入百姓平右衛門召連申候、朝
      五つ半時野ゟ出立、暮六つ
      半時頃帰り申候、
 
   一、同十六日 同
      上り絵図彩色等并用水江筋
      絵図上り上下弐枚相調申候、
      淡嶋村藤五郎忰仁兵衛出勤、
 
   一、同十七日 同
      右同断、 
      作之丞殿、仁兵衛殿江筋見分ニ而
      早月中村泊り之図りニ而昼後  
      出立被成候、
 
8   一、同十八日 天気    画像  翻刻トップ  画面トップ
      室山野新開高入百姓高帳
      相調申候、并切分上帳面等
      書申候、
      仁兵衛殿昼前野御小屋帰り、
 
   一、同十九日 天気
      室山野用水取入口ゟ野迄
      絵図弐枚ニ相調申候、彩色等
      いたし候、
 
   一、同廿日 同
      室山野御小屋ゟ早朝
      出立、石仏村十右衛門殿へ立
      寄絵図等上ケ申候、夕方
      帰宅候、尤室山村太郎右衛門
      荷物人足ニ召連止宿
      為致翌日帰り申候    画像  翻刻トップ  画面トップ
 
    出勤日数
     〆三拾七日
     一、壱枚  野切分絵図 上り
     一、壱枚  同     控
     一、弐枚  用水江筋絵図
           上下弐枚仕候、
     一、壱冊  野切分高図り帳
     一、壱冊  同入百姓等名前帳
      〆右石仏村重右衛門殿へ廿日ニ
       上ル、
     一、壱枚  野切分絵図   
     一、弐枚  用水江筋絵図控
      〆此分御小屋ニ而八田村作之丞
       殿へ相渡、
 
9       野歩数山手米領附三ケ村ゟ    画像  翻刻トップ  画面トップ
       書出之覚
   一、弐拾五万七千弐百四拾四歩   東福寺村
      此山手米三拾壱石壱斗七升
   一、拾六万三千八百弐歩      室山村
      此山手米拾七石三斗八升六合
   一、拾弐万千歩          大浦村
      此山手米拾弐石壱斗壱合
    山手米
     〆六拾石六斗五升七合  翻刻トップ  画面トップ
 

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[9][野帳]「室山野ノ内用水江筋分間野帳」文化十三年七月十日
 
2-2-0218_00  [目録 二(二)218]      画面トップ
 
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[10][記録]「室山野新開高開発入百姓等持高帳」文化十三年八月
 
2-2-0221_00  [目録 二(二)221]      画面トップ