高岡市雲龍山勝興寺/文化財デジタルアーカイブ

宝物

作品解説

古文書

前田利光寺領寄進状


前田利光寺領寄進状(まえだとしみつじりょうきしんじょう)     [目録を見る]   [ 宝物解説(文書)へ ]
 
 前田家第3代当主・前田利光(1593~1658)は、寛永6年(1629)4月に利常と改名する。徳川秀忠の娘・珠(たま)姫(天徳院)を妻とし、徳川将軍家との結びつきを重視し、自重を旨とする中で、加賀藩の初期藩政を運営し、改作法などを進めて藩政の基盤を整えた。領内寺社への寄進高整備もその施政の一環である。
 
 寺領75石の安堵は、後年正保4年(1647)にさらに125石を加増して、都合200石を勝興寺領としたことを含めて、利常の勝興寺への力添えは破格のものであったといえる。なお「雲竜山勝興寺系譜」には、寛永19年(1642)に本堂等が破損した際に、利常より黄金並びに立山材木の寄付のあったことが記されている。

(久保尚文)


 
 爲當寺領加増、とうじりょうかぞうのため
 於越中々郡古國府えっちゅうなかごおりふるこふ
 貳拾五石、先知高にじゅうごこく、せんちだか
 引合七拾五石之所、ひきあわせ ななじゅうごこくのところ、
 令寄附了、全きふせしめおわんぬ、まったく
 可有御寺納之ごじのうあるべくのじょう
 如件、くだんのごとし、
      宰相
 元和四年
   十二月廿一日 (前田)利光(印)
     勝興寺

(佐伯安一)