柏崎市/高精細デジタルアーカイブ

わたしたちの柏崎

7 くらしを高める努力

(3)柏崎の発展につくした人たち

②機械(きかい)金属(きんぞく)工業(こうぎょう)の発展につくした大河内正敏(おおこうちまさとし)


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 大河内正敏は東京で生まれました。のちに理化学研究所(りかがくけんきゅうしょ)の所長になり、「科学研究の成果(せいか)を産業(さんぎょう)に取り入れる」という考えを実現(じつげん)させるため、1927(昭和2)年に理研(りけん)柏崎工場をつくりました。その後、柏崎は新しく機械工場の町として発展しました。
 また、大河内は「農村(のうそん)の工業化(こうぎょうか)」をうったえ、1932(昭和7)年からピストンリングを作り始めると、「農村工場」が注目され、村の共同(きょうどう)作業所(さぎょうしょ)で多くの女性が働くことができるようになりました。
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000-92007(平成19)年の中越沖地震では、理研工場も大きな被害(ひがい)を受けました。そのため、全国の自動車生産が一時的に停止(ていし)しましたが、全国各地から技術者(ぎじゅつしゃ)がかけつけ、再開(さいかい)のため協力しました。