柏崎市/高精細デジタルアーカイブ

わたしたちの柏崎

7 くらしを高める努力

(1)米のとれる土地をつくろう

⑩四郎兵衛親子の開(かい)こん


 四郎兵衛は、宮川新田のほかにも柏崎に新しい田をつくりました。それどころか、柏崎だけでなく、新潟県内に開いた新田は、52の村におよびました。
 四郎兵衛の長男(ちょうなん)将矩(まさのり)は、遠く福井(ふくい)の殿様(とのさま)のたのみで、田の水はけをよくしたり、新田を開いたりする仕事をしました。
 次郎の儀右衛門(ぎえもん)は、新潟の新発田(しばた)の殿様のたのみで、紫雲寺潟(しうんじがた)のうめたてをして、48もの村をつくりました。
 四郎兵衛は、親子で協力して、多くの土地を開こんして、米のとれる土地にしました。また、多くの人たちが四郎兵衛親子に協力しました。そして、みんなで新田を開き、ゆたかな土地をつくっていったのです。

福井や新発田の紫雲寺はどこにあるのかな。地図帳で調べてみようよ。000-4
 
000-10宮川四郎兵衛の工夫(くふう)や努力(どりょく)について、感じたことをまとめましょう。
 
052memo
 
昔のできごとや当時の人々について知る手がかりは、みんなのまわりにたくさんあるよ。000-11
 
051-3
 
 このほかにも
 ・市役所
 ・柏崎市博物館
 ・図書館
 ・地いきのお年より など
 ☆話を聞いてみよう。