柏崎市/高精細デジタルアーカイブ

わたしたちの柏崎

7 くらしを高める努力

(1)米のとれる土地をつくろう

④工事がすすまない!


 今までのせきは、「草ぜき」と呼ばれていました。
 川の中に大くいをならべて打ち、木のたばを当てて組み、その上に土のたわらを積んだものでした。
 あまりじょうぶではなく、大水のたびにこわれていました。

 瀬兵衛は、たくさんの人夫(にんぷ)をあつめて、せきをつくる工事を始めました。しかし、工事のとちゅうで、何度も大水のために、つくり上げたせきが流されてしまいました。
「今までのせきのつくり方ではだめだ。もっとじょうぶなせきをつくらなければ…。」
 瀬兵衛は、どんな大水でもこわれないせきをつくれないか、何度も考えました。そして、苦心(くしん)のすえ、今までのせきよりずっとじょうぶな新しいせきを考えました。

 このせきは、川底(かわぞこ)に多くのくいを打ち、その中に石を入れたたわらをしきつめ、木のたばをわたして、だんだん高くしていくものでした。このせきの形が、むかしの「よろい」(戦いの時に身に付けて体を守ったもの)のように見えたので、「よろいぜき」とよばれました。
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よろいぜきは、今までのつくりとどこがかわったのかしら。000-2