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小島家の日記『梧山堂雑書』

梧山堂雑書 文久三年 下巻 十二月 


十二月廿日 朝ゟ雪降也
下男馬五郎・八郎藁仕事、和吉者糯米搗也、但
正月餅其外三月迄之分
一 昨日才造日野宿ゟ帰り申聞者、本宿□□□
今朝申聞候者、私当春ゟ不埒致候訳者左之通、
一躰女房気ニ入不申抔与申遊女沈候義ニ者無之、私家之
義者是迄血筋正敷家筋有之候処、如何之次第に
御座候哉、母之兄当十月死去仕候得共、全者人前顔出
不成病気御座候、然ル上者女房貰若小児も出来候上ハ
弥以家名を汚候のミならす、諸方親類迄も家を
汚シ実以不相済義与決定致候間、女房ハ生涯不持独
身に而暮相続之義者石田ゟ貰候忰江呉、然ル上者家
名者不及申親類迄も恥をすゝき候事与相定候義
御座候、子として親江恥を与候も本意無之、只無何
丈之助江跡呉可申与存実親ニも思切呉候様、色々
悪事も致候事御座候、定而是迄者風聞等も御聞被成
如何に思召も恥入候得共、右之次第御賢察可被下候、
親共も承伏致跡相続之義者無相違丈之助江
遣シ、私之子供出来候而も他江遣呉候様致候ハヽ、仰之
通改心致本宿江立帰り農業出情仕、両親案心
致候様可仕、女房是迄之通宜敷睦敷暮可申候間、
親類一同御案心可被下候、□□□身体も汚候得共心中者
弥十郎之血筋有之実以感心致候、為後代書記置候、
尤先方之家も申伝ニも右様之事ハ是迄無御座候得共、
祖母与申者身持不埒之もの故、如何ニも宅居候者
与□□致候哉も難計、乍併実伯父左様候事御座候
得ば人口難防致方無之事御座候、已上
御殿に雪を詠めて
雪竹を積りふかさる山乳母の裾廻りまて揃ふ振袖
家内上溝之里へ行雪中返り延引なりにけれ
けふも雪明日もゆきに又も雪ゆき積りてハ帰る日はなし
空色にかき曇てハ振袖の白二重も揃ふゆき丈