小島資料館 梧山堂雑書・新選組関連資料

梧山堂雑書 文久三年

梧山堂雑書 文久三年 上巻 二月 


二月廿日 朝ゟ曇
 下男馬五郎内へ行、八郎瓜生ゟ萱附る也、和吉福全田作
伐ニ行
一 先日勇助相頼候潰百姓吉兵衛聟梅吉弟熊二郎
世話致呉候様頼置、今日勇助方へ行、留主故女房承候処
家内者承知、当人心躰承り挨拶可致与申事也
一 先日之倒死人寺院萬松寺江香料五拾疋遣シ同院
地中江葬り候積、鹿之助・利平二殿行也
一 喜八方ゟ桑苗四拾本程有之由為知来申候、我等方者
最早宜敷候間、宮坂六蔵方へ行其段七蔵江申聞候
一 分家丹二郎・与頭孫兵衛、当正月二日出立伊勢・大坂・京都・
金比(毘)羅・善光寺迄参詣又者名所見物いたし昨夜所澤泊り、
今七ツ時帰宅中宿江立寄夫ゟ我等方おわけ持参、
小野明神様江参詣ニ行愛度、其節之咄、浪人共中仙道
本所(庄カ)宿ニ而泊り建礼認方不宜ニ付、本陣手代切候由、風聞
御座候
一 御三家一橋様京都御着之節、届関白様江御届ケ
可有之処左大臣江御届ケ、洛中制伺声ニ而御歩行、
其外不行届有之東本願寺江蟄居被仰付候由、相州
川入村之もの参宮之節京都ニ而承候由、山際村忠左衛門
方ニ而承り才造申聞候