多摩の民話
『おしゃもじさま』
むかし このむらの とよぐちやまに、おおきなきの しげった もりがあった。もりのなかには、いしがみさまを まつった ほこらがあった。その もりの はずれに、ひとりの おばあさんと あやという ちいさな おんなのこが すんでいた。
あやのおかあさんは あやが うまれて すぐに しんでしまい、おじいさんと おとうさんは とおくのくにの いくさに いったきり かえって こなかった。そのころは さくもつが よくみのらないとしが つづいて、むらのひとびとは まずしいくらしを していた。おばあさんは せっせとはたらき、あやも いっしょうけんめい てつだった。でも、ふたりのくらしは たべものにも こまる ありさまだった。
それでも おばあさんは ごはんを たくたびに いしがみさまへの、すこしばかりの おそなえを わすれなかった。いしがみさまは むかしから おばあさんのいえの まもりがみだった。あるひ、あやは おばあさんに たずねた。「ばあちゃんは いつも いしがみさまに なにを おねがいしているの。」「あやが はやく おおきくなるように、それと じいちゃんと とうちゃんが はやく かえってくるように おねがいしているんだよ。」と、おばあさんは いった。
あるとしのこと、このむらに わるい やまいが はやった。あやも たかい ねつをだして、いくにちも いくにちも ねこんでしまった。おばあさんは よるもねないで かんびょうしたが、なかなか なおらなかった。
おばあさんは とうとう つかれきって ねむってしまった。すると、ゆめのなかに おじいさんと あやのおとうさん、おかあさんが あらわれて、「ばあさんや、わしらは あのよという とおくのくにに きてしまい、もう いえには かえることが できないんだよ。 おまえたち ふたりには くろうをかけて すまないなあ。 あやが はやく よくなるように、あすのあさ いしがみさまに おねがいしておいで。」
つぎのあさ、おばあさんは いそいで いしがみさまに ゆき、あやの やまいのことを おねがいした。すると、「ここにある こめを もってかえって あやに たべさせるがよい。」という、いしがみさまの こえがした。
そこで、さっそく おばあさんは その おこめで ごはんをたいて あやに たべさせようとした。けれども あやは たかいねつで、くるしくて たべるげんきもなかった。「あや、このごはんは いしがみさまが くださった おこめで たいたんだよ。」おばあさんに いわれて やっと ひとくちたべた あやは、くるしさが ほんのすこし らくになったような きがした。
もうひとくち たべると、また すこし らくになった。もうひとくち もうひとくち と たべるうち、とうとう ぜんぶ たべてしまった。
あやが たべおわったとたん、おばあさんは たいへんな ことに きがついた。「あっ、いしがみさまの おそなえを わすれていた。」あわてて おかまを のぞいてみると、もう おこげも のこっていない。おしゃもじに、ごはんつぶが すこし ついているだけ。
「こまった。もうしわけない。」と おばあさんは おおいそぎで いしがみさまの ところに いって、その おしゃもじを おそなえした。すると、あれほど くるしんでいた あやは みるみる ねつが さがって、そのひのうちに おきだせるように なった。そして、あくるひには すっかり げんきになって はたけしごとを てつだえるように なった。
この はなしは たちまち むらじゅうに しれわたり、びょうにんのいる うちでは、みな いしがみさまに おしゃもじを おそなえした。すると、どこのうちの びょうにんも ねつが さがって、すっかり げんきになった ということだ。それからというもの むらの ひとびとは、いしがみさまを おしゃもじさまと よぶようになった。
おしゃもじさま―唐木田物語より―お話 横倉鋭之助文 多摩市立図書館絵 遠藤夕力子