町田市/町田デジタルミュージアム

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江戸時代

 江戸時代、現在の薬師池は福王寺溜井と呼ばれていました。作られた時期は不明ですが、谷あいから流れ出る湧水を堤防でせき止めて出来た溜井は、江戸時代の初めから農業用水して、野津田村にとって欠かせない存在でした。そのため、村人の協力により定期的に溜井浚いが行われ、災害などで溜井が被害を受けた場合、領主へ復旧支援を求めました。
 
史料
武蔵国多麻郡野津田村溜井絵図武蔵国多麻郡野津田村溜井絵図福王寺溜井の面積や堤の規模、周辺の耕作地や山林の様子が描かれています。以前の絵図は損傷が激しかったため、寛政3(1791)年8月に書き写されました。
乍恐以書付御願奉申上候(当村福王寺溜井御普請の件につき)乍恐以書付御願奉申上候(当村福王寺溜井御普請の件につき)18世紀初めより大規模な溜井浚いが行われていないこと、近年の渇水などを理由に、農業用水として重要なことを強調し、領主に溜井浚いへの協力を求めています。
溜井日記溜井日記野津田村の元名主であった河井清通(清大夫)は、文化14(1814)年8月に溜井浚いの資金援助を領主らに要求します。村での話し合いや、江戸での陳情費用、絵図作成の画材購入などが記載されています。
武蔵国多麻郡野津田村字福王寺溜井見取大積り絵図武蔵国多麻郡野津田村字福王寺溜井見取大積り絵図溜井浚い後の様子を想定して描いた絵図です。これは領主の一人である山口氏に提出した絵図の控えです。
武蔵国多摩郡野津田村字福王子溜井并水下反別大積り見取絵図武蔵国多摩郡野津田村字福王子溜井并水下反別大積り見取絵図福王寺溜井と用水利用している耕作地の様子が描かれた絵図です。
武蔵国多麻郡野津田郷字福王寺溜井絵図武蔵国多麻郡野津田郷字福王寺溜井絵図崖が崩れて土砂が溜井に流れ込んでいる様子が描かれています。この絵図は名主河井清宣(三左衛門)の父である清通(清大夫)が作成しました。
武蔵国多麻郡野津田村字福王寺溜井并水下反別大積り見取絵図武蔵国多麻郡野津田村字福王寺溜井并水下反別大積り見取絵図土砂が流れ込んでいる福王寺溜井とその水を農業用水として利用していた田畑を示した絵図の下書きです。