昭島市デジタルアーカイブズ/あきしま 水と記憶の物語

月廼野露草雙紙

復刻版

巻之一

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(見返し)
不老軒宇多々作
月廼野露草雙紙 全部六冊
江林斎良山画
  露草さうし序
こゝに草紙あり、露草とうはふみせるは、いひあき人の心をして、難波堀江のあしかるもよしとせはやと、浮草の根なしことも、雅言にときなして、世の中のあけまきをとめらか、翫の手すさひにと、いそしみつとめ書つめたるは、むさし野に住る不老軒のをちか、真心のこゝろを種として生る草葉にをける露のうるはしさは、人みなの見る処也けり、さきのとし此書のはし書をと乞るゝまゝに、一くたりのこと書副侍るを、ことし丑の春、大江戸の火のさわきに灰と成にしかば、亦々あたらしう書あらため、とちふみとなして子の子の末の世までもつたえまほしと、ふたゝひはし書乞るゝに、おのれおもへらく、さきのはし辞のつたなきを憎て世に残さしと、迦具土の神のあらびのしはさにやありけむ、かゝる見にくき詞をめてよみしは、彼神の奪へるにはあらしかしと、いなみのゝいなむといへとも、をちの需しは需しなれば、猶こりすまにふたゝひ筆をそふるになむありける、文政十二丑のとしはつ冬、小野県居久練堂老人いふ
 
近世稗史者流夥矣、述意多在于勧善懲悪、設
夫作者之志以狂言綺語之誤飜而為讃仏乗之因、
則片言雙字亦只是実相也、転居士得其所哉、
是為序
 文政十三年夏六月、於于鶯宿女史隠栖
 応需識
              不可説道人
 
世に作物語といふは、竹取うつほのふるき筆すさひより、いせの幽にして雄々しかる、光源氏のうるはしくしてみやひかなる、人の真こゝろを尽し至らぬくまなく、これそ此ふみのおやなりけらし、されと久堅の雲の上のやんことなき方にこそあれ、荒かねの土にましれるとちのかきてまねふへくもあらさめるを、三十とせはかりこなた、童部の目よろこはしめん料のかりそめの作物語なとも、かのふるく雅ひたるさまに取なして書出るひとつのすかた興りて、世にもてはやすまゝに、其ともからもきそひて辞をつくろひ、理を巧にし精しき図をさへましへ、月に日にけにみさかりになりもて行、今はいつこの文屋にも、何の冊子是の物語とて、きら/\しきすり巻とも、棟にみつるまてそ積りにたる、そはえうなきえせ事に似たれと、是はた豊けき御世のおほんいつくしみの余にして、ぬば玉のよきをすゝめ、難波津のあしきを懲しむる教の助ともなりぬへし、わか国府ちかきさとにひとりの翁あり、人もすなる物語といふものを、われも書つめて見むとて、露草と名付しふみ書著はされしをよみわたすに、武蔵野の草かる翁か、いにしへよりかたり伝へたるふることなと、あはれにとりましへ、うへは作物語の寓言をむねとし、下には十訓ねさめなとの躰をふくめて、児処女等をみちひくたつきとせられたるそ、翁のまめなるまこゝろにはありける、おきないへらく、かゝるをちのいたつらふみに、ふさはしからぬわさなれと、はし書のなきは心ゆかぬおももちのせらるゝを、いかて一言を、とせちにこひ求めらるゝに、稲舟のいなともいはすひとひらふたひら、あまれる紙にやかて筆とりしは、樅園のあるしかよしなの、さかしらにこそ
  自序
春雨のいとしめやかに降こめて、つれ/\なる頃ほひ、近鄰なる翁三人四人して、あか草戸ほと/\と音つれて訪来ぬれは、地炉になら柴折くへて、渋茶かいたて、をませ抔するに、翁奥歯より声洩して、いさ此口とりに昔語せはやとて、点頭合、頓て鼻ひこつかせ口うこめかしつゝ言いつれば、又一人がいふ、おのれ若かりし時、また遠からざりし耳に、斯聞し事ありなと、流石に永き春の日を、黄昏れるまで話あひぬ、予傍にありて、浮木摺の短冊製しなから、此話を聞に、昔此辺にありしてふ、くさ/\のひな物語りなり、其趣根なし草の根なしことの葉繁れるにや、本末おほつかなくは侍れと、戯に摺さしの浮木紙に、墨流しのすみにしませて、尾花の筆のまはらぬに、そこはかとなくかい付置しを、一日友人知恋子来りて、開見ていふ、此頃復讐の雙紙世に行る、是を彼に類し、写し画を交て一巻となしなは、童幼のもて遊ひともならん事を聞ゆれと、予曾て承引ず、そはもの知れる人のわさなり、予もの書にかむなの文字四十八字の外をしらす、是をよむに人の名の頭字さへ解難し、所謂冗たる文盲、なんぞおもわん、仮にも一部の書編んとは、たく庵のおし石臼より重しと、そこらかいやり置しを、知恋かいつの程にかとり出して、前後六ツの冊とす、巻中に書のせし聖の日し事ともや、しかつへらなる事、都て正史めきたること、あか是を見これを知りて書たるにはあらす、さきに演る翁の物かたりそがまゝに聞書せしものなれは、義理の齟齬、文字の迷ひ、かむなの誤りはいふもさらなり、信偽もまた我は知らす、しらす知られぬあふ坂の、関よりつらき人目の関守、かたく閉して人の目を、とふす事をゆるすへからす、もしあか子孫此書を見は、是をして人の笑ひを受る亀鑑とし、必しもかゝるひか事することなかれと、先非を悔てしるすものは
                    不老軒 転 不老軒 転 (印)
  文化十一戌のとし夷則日